じーちゃん、話が違うよ
[登場人物および家族構成]
カン太:一応主人公
イズミの息子でコウイチの孫(10才)
リンスケ:リンゴ型のロボット
コウイチによって作られた。
リンゴから手足が生えたような見た目で
身体(頭)の中央付近にゴーグル型の大きな
サングラスを掛けている。
コウイチ:博士(60才)
ロボット専門の技術者で如月ロボット研究所の所長。
イズミ、カン太、サトルと一緒に暮らしている。
イズミ:カン太の母親でコウイチの娘(33才)
如月ロボット研究所でコウイチの手伝いをしている。
サトル:カン太の父親でサラリーマン(35才)
OA機器メーカーで保守点検の仕事をしている。
今回の話には登場しないが
2話目以降に登場する・・・かもしれない。
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カン太:「母さん、タケルが犬を飼い始めたんだよ、オレも犬欲しいよー
なぁ、買ってくれよー、犬ー」
イズミ:「カン太、仕事場に入ってきちゃダメだっていつも言ってるでしょ
さっさと上に戻りなさい」
カン太:「えー、犬はー?」
イズミ:「駄目だよ、うちにそんな余裕はありません。
タケル君のところで見せてもらえば充分でしょ?」
カン太:「えー、やだやだー、オレも欲しいー、買ってくれよー!」
イズミ:「駄目ったら駄目だよ、あんまりしつこいと怒るよ!」
カン太:「ちぇっ、母さんのケチ!」
母親のイズミに犬をねだったものの、全く相手にされなかったカン太は
不貞腐れながら、外に遊びに行こうと1階に降りてきた。
1階の研究室では祖父のコウイチが熱心に作業をしている。
そのまま外に行こうかと思ったが
一応コウイチにもお願いしてみることにした。
カン太:「じーちゃん、オレ犬が欲しいんだけど
母さんがダメだっていうんだ、何とかならないかな?
じーちゃんから母さんを説得してくれよ」
作業の手を止めることなく、カン太の方を見向きもせずに
コウイチは答えた。
コウイチ:「犬か、イズミがダメって言ったんなら、無理だろうな
じーちゃんが説得しても多分無駄だろう」
諦めずにカン太は食い下がる。
カン太:「えー、・・・じゃあさ、じーちゃんが買ってくれよ
それなら母さんだって文句言わないだろ?」
コウイチ:「それは無理だ、そんな勝手な事したら
じーちゃんがイズミに怒られてしまうよ」
カン太:「じーちゃんでも母さんには勝てないのか
じゃあ、父さんなら・・・・もっと無理か」
コウイチは手を止め、カン太の方に視線を向けてニヤリとした。
コウイチ:「まぁ、犬は買ってやれないけどな
犬型のロボットなら作ってやれるぞ」
カン太:「え? 犬のロボット? じーちゃんが作るの?
なんかちょっと怖そうなんだけど、大丈夫なの? 」
コウイチ:「大丈夫に決まってるだろう、怖い事なんてあるもんか
じーちゃんを信じろ」
カン太:「ふーん、そーなんだ、でも、なんでだろう?
あんまりワクワクしないんだけど・・・
まぁ、せっかくだし、一応お願いしとこうかな」
コウイチ:「よし、じーちゃんに任せておけ、
カッコ良いのを作ってやるからな」
カン太:「オレはどっちかっていうとカワイイ犬が欲しいんだけどな」
コウイチ:「おー、そうか、わかった、大船に乗ったつもりで
待ってるといい」
カン太:「う、うん、じゃあオレ、タケルのところに遊びに行って来る」
それから数週間が過ぎた。
カン太は犬のことなどもうすっかり忘れていた。
当然コウイチに犬型ロボットを作って欲しいと言ったことなど
憶えているはずもなかった。
カン太が自分の部屋でマンガを読んでいると
コウイチが大きな箱を持ってカン太の部屋にやって来た。
コウイチ:「カン太、こないだ頼まれた物、完成したぞ」
そう言うと、コウイチはカン太に箱を差し出した。
カン太:「え? 頼まれた物? オレ、じーちゃんに何か頼んだっけ? 」
コウイチ:「おいおい、犬のロボットを作って欲しいって言っただろ? 」
カン太:「ん? ・・・あぁ、そーだった、じゃあ、もしかしてこれが? 」
コウイチ:「そうだ、さあ、開けてみろ! 」
頼んだ時は全くワクワクしなかったのに
何故か今、箱を開けるこの瞬間
カン太のテンションは最高に上がっている。
カン太:「分かった、じーちゃん、開けるよ・・・
えいっ・・・・・・ん?」
勢い良く箱を開けると中からは
犬ではなく、何故かリンゴの形をしたロボットが現れた。
サングラスを掛けたリンゴに手足が生えたようなデザインだった。
カン太:「じーちゃん、これ、犬じゃないよね?」
唖然として固まっていたカン太が何とか絞り出した言葉に対して
コウイチが答えた。
コウイチ:「そうだな、これは、一般的にはリンゴと呼ばれる果物だな」
カン太:「いや、それぐらいオレにも分かるよ、そーじゃなくて・・・
え? 何で? 犬とリンゴって全く繋がらないんだけど」
コウイチ:「そうだよな、これには色々と事情があってな」
カン太:「事情? 犬がリンゴになる事情って・・・・何?」
コウイチ:「いや、そのー、ゲンさんがな・・・・」
その名を聞いた瞬間にカン太の表情が曇る。
カン太:「ゲンさん? ・・・またあの八百屋のオッサンか・・・
あのオッサンが絡むといつもおかしな事になるよね!」
コウイチ:「まぁ、そう言うな、これでも結構世話になってるんだから
それで、先日一緒に飲みに行ったんだよ」
カン太:「それと犬がリンゴになったことに何の関係が?」
コウイチ:「実はゲンさんの店の売り上げが最近落ちてるらしくて
何か客足を増やせるようなアイデアがないかな
なんて相談されてな」
カン太:「それで?」
コウイチ:「色々話してる内に、流れでカン太に犬のロボットを
作っている話をしたんだ
そしたらゲンさんに犬のロボットなんて珍しくないから
もっとインパクトのあるデザインの方が良いって
言われてな・・・」
カン太:「そーなんだ、それでインパクトのあるコイツを店先で
ウロチョロさせれば
店の前を歩く人が珍しがって足を止めてくれるかもって?
うまくいけばリンゴの一つも買ってくれるかもって?」
コウイチ:「おー、そう、そうなんだよ、良く分かったな
完成したら、カン太が学校に行ってる間だけでも
貸してくれないかなんて頼まれてしまって・・・・」
カン太は残念な人を見るような目でコウイチを眺めている。
カン太:「じーちゃん、完全にあのオッサンに利用されてんじゃん!」
コウイチ:「いや、利用されてるわけでは・・・でも、なんか、すまん
気に入らなければもう一度犬のロボットを作ってやるが
どうする?」
カン太:「いや、これでイイ、貰っておくよ、ありがとー、じーちゃん」
礼を言うカン太の言葉には全く感情が籠っていない。
コウイチ:「おぉ、そうか、気に入ってくれたか?」
カン太:「うん、まぁ・・・でも・・・・・
八百屋のオッサンには絶対貸さない!」
コウイチ:「・・・・・」
そのとき、下の階からイズミの呼ぶ声がした。
イズミ:「カン太ー!、ご飯だよー!」
コウイチ:「じゃ、行くとするか・・・」
カン太:「・・・・うん」
食卓に座るカン太とコウイチの間に気まずい雰囲気が漂う。
イズミ:「あれ? お父さんも上に居たんだ」
コウイチ:「ん? あ、あぁ、そうなんだよ」
イズミ:「?? どうしたの二人共? なんか元気ないみたいだけど
何かあったの?」
コウイチ:「いや、それがー・・・・」
カン太:「じーちゃんがオレにロボットを作ってくれたんだ」
イズミ:「あら、そうなの、良かったねー
カン太、ちゃんとお爺ちゃんに有難う言った?」
カン太:「うん、それはそうなんだけど・・・」
イズミ:「ん? どうしたの? やっぱり何かあった?」
カン太:「オレは犬が欲しかったから、じーちゃんは
犬型のロボットを作ってくれるって言ったんだ」
イズミ:「うん、だからそれを作ってもらったんでしょ?」
コウイチ:「イズミ・・・あのー」
カン太:「でも、じーちゃんが作ってくれたのは
犬じゃなくてリンゴのロボットだったんだ」
イズミ:「え? リンゴのって・・・どういうこと?」
コウイチ:「いや、イズミこれには訳があってな・・・」
コウイチは事の顛末をイズミに説明した。
イズミ:「なるほどね、ま、犬でもリンゴでも良いじゃないの
せっかくお爺ちゃんが作ってくれたんだから大事にしなさい」
カン太:「別にリンゴが嫌ってわけじゃないよ」
イズミ:「じゃあ、何を怒ってるの?」
カン太:「じーちゃんには怒ってないよ
じーちゃんがゲンさんに利用されてるのが嫌なだけだよ」
コウイチ:「いや、じーちゃんは別に利用されてるわけじゃないぞ」
イズミ:「そうだよカン太、お前の考え過ぎだよ
お爺ちゃん人が好いから、みんな頼りたくなっちゃうんだよ」
カン太:「・・・だったら良いんだけど」
イズミ:「じゃあ、この話はこれでおしまいでいいね?
二人共、早くご飯食べちゃいなさい」
コウイチ:「そ、そうだな、よし、カン太
ご飯食べたらロボットを起動してみるか?」
カン太:「・・・・・うん」
何とか機嫌を直したカン太は食事を終えて
コウイチと一緒にロボットを起動することにした。
コウイチ:「じゃあ、まずは電源を入れないとな
頭を上に開いて、右下のボタンを押してごらん」
カン太は言われた通りロボットの頭部を
炊飯器の蓋の様に額の辺りから上へ跳ね上げた。
するとそこには色々なボタンやインジケータが並んでいる。
右下にあるボタンを指さして
カン太:「このボタンでイイの?」
コウイチ:「そうそう」
カン太は緊張しながら恐る恐るボタンを押した。
すると緩やかな起動音が鳴り、電源が入ったのが解った。
その直後サングラス全体がうっすらと緑色に光り始めた。
カン太:「これで、電源が入ったんだよね?」
コウイチ:「ああ、正常に起動したようだな」
カン太:「次は、どうすればいいの?」
コウイチ:「そうだな、とりあえず名前を付けてやったらどうだ?」
カン太:「そうだね、でもオレ名前考えるの苦手なんだよな」
コウイチ:「難しく考えることは無い、カン太が呼び易い名前で良いんだよ」
カン太:「・・・じゃあ、リンゴだから、リン伍朗なんてどうかな?」
コウイチ:「うん、まあ、良いんじゃ───」
リンゴロボ:「リン伍朗だと?、なんてセンスのない名前だ、気に入らん
もっとこのオレにふさわしいカッコいい名前にしてくれ」
カン太:「え? いきなり喋った! しかもなんか偉そうだな
ロボットのくせに名前の好みとかあるんだ・・・
カッコいい名前か、うーん 」
カン太は目を閉じて腕組みしながらしばらく考えた。
カン太:「無理だ、カッコいい名前なんて思い付かないよ
リン伍朗が嫌ならリンスケならどうよ」
リンスケ:「リンスケか・・・良いな、気に入った、
やればできるじゃないか少し見直したぞカン太
よし今日からオレはリンスケと名乗るとしよう」
カン太:「え?気に入ったんだ・・・リン伍朗もリンスケも
大して変わらない気がするんだけど
コイツの感覚が解らないな、ってそれより
なんでオレの名前知ってるんだよ?」
コウイチ:「ああ、家族の顔と名前のデータは
予めインプットしてあるんだよ」
カン太:「そーなんだ、急に名前呼ばれてびっくりしたよ」
コウイチ:「ゴメンな、先に言っておけば良かったな
じゃあ、名前も付けたことだし
カン太も自己紹介しておいたらどうだ?」
カン太:「うん、そうだな
おい、リンスケ オレは今日からおまえの主人になるカン太だ
これからここでオレと一緒に暮らすことになるから宜しくな」
リンスケ:「そうか、どうにも頼りない主人だが、まぁ我慢してやるとしよう
それにしても汚い部屋だな、オレは綺麗好きなんだ
もう少し片付けてくれないか」
カン太:「ホントに生意気な奴だな
じーちゃん何でこんな性格にしたんだよ」
コウイチ:「いや、こんな風に作ったつもりは無かったんだけどな
何でこうなったんだろうな?」
カン太:「え? 勝手にこんな性格になったってこと? 大丈夫なの?」
コウイチ:「多分大丈夫だと思うんだが・・・・・
とにかくもう少し様子を見てみないと何とも言えんな」
カン太:「なんかちょっと不安だ」
リンスケ:「あ、今一句浮かんだ・・・
”扇風機 下から読んでも 扇風機” 」
カン太:「どこがだよ! ってか何で急に俳句詠もうとしてんだよ!」
リンスケ:「何でって、人間誰しも
ふと俳句を詠みたくなってしまうものだろう?」
カン太:「そんな訳ねーだろ! っていうかお前人間じゃねーだろ!」
リンスケ:「寂しいことを言うなよカン太、見た目はこんなだが
オレは人間としてお前に接しているつもりだ
だからお前も遠慮せずオレを人間として扱うといい」
カン太:「じーちゃん、やっぱりコイツおかしいよ」
コウイチ:「そうだな、そう言われればちょっとおかしいかもな
時間が空いた時に異常が無いか調べてみるから
それまではこのままで我慢してくれ」
カン太:「えー、凄く不安なんだけど・・・んー、まぁ、しょうがないか」
リンスケ:「心配するなカン太、困ったときはオレに言え」
カン太:「お前のことで困ってるんですけど・・・って
そうだ、オレこんなことしてる場合じゃなかった
算数の宿題があるのすっかり忘れてた
うわー結構量があるなぁ、明日までに間に合うかなー
・・・・・・・・・ねぇ、じーちゃん」
コウイチ:「あーっと、そうだった
じーちゃんまだ仕事が残ってるんだった
じゃあ、もう行くから」
コウイチは慌ててカン太の部屋を出て行った。
カン太:「クソー、逃げられたか」
カン太はふとリンスケの方に視線を向けると何かを閃いた。
カン太:「おい、リンスケ、お前は優秀なロボットなんだよな?」
リンスケ:「何を聞くかと思えば、当然だろそんなこと
オレがいかに優秀かを語って欲しいなら───」
カン太:「いや、実力で証明してくれよ、オレの宿題、代わりにやってくれ
優秀なロボットならこんなのあっという間だろ?」
リンスケ:「ふん、舐められたものだな
小学生の算数ごときでオレを試そうとは・・・・
いいだろう、オレの凄さを見せつけてやるから
さっさと持ってこい」
案の定、挑発に乗って来たリンスケを見てカン太はほくそ笑む。
カン太:「はい、じゃあコレな
オレは風呂に入って来るからその間に頼むぞ」
リンスケ:「ああ、任せておけ、こんなもの1分で片付けてやる」
リンスケに宿題を押し付けて、上機嫌でカン太は部屋を出て行った。
風呂から上がったカン太が部屋に戻ってくると
リンスケ:「見ろ、全て終わらせてやったぞ」
カン太:「ホントか? 優秀ってのはハッタリじゃなかったんだな」
リンスケ:「当たり前だ、偉大な俺をもっと褒めても良いんだぞ」
得意げなリンスケをスルーして、カン太が宿題を確認する。
カン太:「えー、どれどれ・・・・・ん?
1問目いきなり間違ってないか?
あれ? 2問目も間違ってるじゃん、あ、3問目も・・・」
カン太はリンスケを睨みつけ問い詰める。
カン太:「お前、コレ殆ど間違えてるじゃないか!
どういうことだよ?」
何を怒っているのかさっぱり分からないという様子で
リンスケが答える。
リンスケ:「お前の学力に合わせて、気を利かせてやったのだ」
カン太:「あ? 意味が分からないんだけど」
リンスケ:「よく考えてみろ、お前の学力で、もし全問正解していたら
教師や周りの生徒に違和感を与えてしまうだろう?
家族にやってもらったと見破られるかもしれないぞ」
カン太:「・・・・・まぁ、確かにそれはあり得るかもしれないけど」
リンスケ:「そうだろう? だからお前が自分でやったと思わせるために
オレが気を利かせて正解率を20%にしておいたんだ
どうだ、オレはやっぱり優秀だろう?」
カン太:「理由は分かったけどさ
正解率が20%っていうのはあんまりじゃないか?
流石に俺でも、もう少し解けると思うんだけど・・・」
リンスケは非常に自信ありげな態度で
リンスケ:「いやいや、20%はかなり妥当なラインだ」
カン太:「そもそも、何を根拠にオレの学力を判断したんだよ」
リンスケ:「お前の話し方や部屋の散らかり具合、物の扱い方などを
参考にして精密に割り出した結果だ」
カン太:「そんなことで、人の学力が分かるとは思えないんだけど」
リンスケ:「それだけの情報があればかなりの精度で分析が可能だ
何しろ俺は優秀なロボットだからな
これからもどんどん頼ってくれていいんだぞ」
カン太:「うーん、なんか納得できないなぁ・・・」
リンスケ:「何も心配はいらない、不正解でもちゃんと宿題はやってあるんだ
白紙ではないのだから、教師に文句を言われる筋合いは無い筈だ」
カン太:「確かにそうなんだけど、なんだろう?
このもやもやした感じは・・・なんか腑に落ちないんだよな」
リンスケ:「あまり深く考えるな、今を凌げればそれで良いんだ」
カン太:「コイツやっぱり駄目な奴の様な気がする・・・」
こうして如月家に少し残念な匂いを醸し出す新しい家族が加わった。
カン太:「絶対明日じーちゃんに念入りに調べてもらおう」