幕間
「さて、それでは始めましょうか」
背後に控えているフードを被った3人にそう声を掛けたのは、先頭に立つ腰まで伸びた白髪と少年のようにも少女のようにも見える中性的な顔立ちが特徴的な人物だった。
「魔王様。僭越ながら申し上げますが、この程度の雑務、わざわざ御自ら行われなくても—―」
「確かに、封印の解除くらいボクより時間はかかるだろうけど君達だけでもできるだろうね。ただ、今回は別に手駒を増やしたいわけじゃなくてちょっと確認しときたいことがあるからボクが来ただけだし、最悪使えそうになければ余計な問題を起こさないようにすぐ始末する予定だからボクが直接やった方が被害が少ないからね」
魔王と呼ばれた人物はそう答え返した後、「まあ、とはいえ十中八九君達が圧勝するんだろうけど、ボクは念には念を入れる質だからね」と付け加えながら視線を正面の巨大な魔方陣へと移す。
「それじゃあさっさと用事を済ませてしまおうか」
魔王がそう告げながら右手を巨大な魔方陣へと向けた直後、まるで空間が軋むような不快な音が響き渡り、亀裂の生じた魔方陣が粉々に砕け散る。
そして、魔方陣が消えた地点の空間に歪みが生じたかと思った次の瞬間、今迄魔方陣以外の物は何もなかったはずの空間に神殿のような建造物が姿現し、それと同時に神殿内から放たれた光が魔王たち4人を襲う。
だが魔王たちは特に避ける素振りすら見せず、迫りくる光をまるでハエでも追い払うかの如く右手を振ってかき消してしまった。
「クソどもがぁぁぁっ!! よくも俺様を—―」
怒声を上げながら神殿から飛び出した金髪の男は、迷わず先頭に立つ魔王目掛けて彼の背丈と同じ2mほどの巨大な大剣を上段に構えながら突っ込むが、ふと何かに気付いたような表情を浮かべるとギリギリのところで振り下ろす大剣の軌道を変えた。
そして、そのまま何もない空間を虚しく通り過ぎた大剣はその剣圧によって地面へ深々と傷跡を刻んだものの、魔王たち4人にかすり傷程度でも被害を及ぼすことはなかった。
「……その白髪に赤い目、それにその魔力は……まさかあんた王の子供かなんかか?」
「いいや、本人だよ」
「本人? ハッ、面白い冗談だな。さすがにそんな形で本人は無理があるだろ」
「残念ながら事実だよ、アルフレッド。10年前、不完全な状態であの女神とやりあう羽目になったから消耗が激しくてね。今は少しでも回復を早めるためにこの姿になってるというわけさ」
魔王がそう告げると、アルフレッドと呼ばれた男は憎悪の表情を浮かべながら「で? ヤツはあんたが始末したってわけか」と問いかける。
「残念ながら逃げられたよ。もっとも、かなり酷い状態だったから今のボクみたいに子供の姿になってる可能性は高いだろうし、そもそもろくに戦う力も残ってなかっただろうからどこかで野盗か魔物にでも襲われて死んでる可能性も高いけどね」
「……そうかよ。クソッ! もし生きてるんなら、俺がこの手で殺してやりたかったんだがな」
「まあ、まだ死んだと決まった訳じゃないから諦めるには早いんじゃないかな」
魔王はそう告げた後、視線を神殿の方へ移しながら「そういえば」と言葉を続ける。
「君があの女神から支配権を奪い取った眷属達はまだ健在かい?」
「ん? ……どうやら2匹とも無事みたいだな。それに、支配権も未だ俺が持ったままになってるが……どうやら前みたいに細かい命令は不可能になってるみたいだ。てか、俺が封印されて2000年近い月日が経ってるのか!? ……これは、俺の魔道具で命令を送るにはまず初めにこの時代の共通言語を習得する所から始めないとダメみたいだな」
「なるほどなるほど……。まあ、言語についてはボクの配下が古代言語を理解できるから教えてもらうといいさ。どちらにせよ、封印の影響で君の魔力は未だにこの地に吸い上げられているから、封印の影響が完全に消えるまではこの地を動くことはできないだろ? だったら、数か月程度言語を学ぶのはちょうどいい暇つぶしになるんじゃないかな」
「チッ! めんどくさいがそれ以外やることもなさそうだな。悪いが世話になる」
そう頭を下げるアルフレッドに、魔王は「いいよいいよ。その代わり、自由になった後は昔みたいにボクを手伝ってもらうだけだから」と返事を返すと、後ろに控えていた3人の内一人に古代言語ではなく現代の言葉で「それじゃあ、後の監視といざという時の始末は任せたから。それともし、眷属を取り戻しにあの女がやって来ても手出しする必要はないけど、あの女がどこに身を隠しているのかだけは探っといてね。ただ、直接戦うのは避けてくれるかな。いくら弱っているとはいってもあの女はこの世で唯一ボクと同格の力を持った神なんだから、君達じゃどうやっても勝てないだろうしね」と指示を出した後、再びアルフレッドへ視線を向けると「それじゃあ退屈だろうけど頑張てね」と古代言語で告げ、その後発動した転移魔術により残りの配下2人と共にその姿を消したのだった。