第21話 未知なる世界
「……ここは、どこなの?」
視界を遮る光が薄れ、恐る恐る閉じていた瞳を開けた私の目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。
先ほどまでいた遺跡の中から一変して開けた場所に出たのだが、私が立っている地面は通常のようにどこまでも続くものでなく途中で途切れており、途切れた先にはどれほどの深さがあるのかも分からない漆黒の闇が続いていた。
更に、空中には金色に光る小さな光の玉が無数に浮遊しているものの空には月も太陽もなく途切れた地面の先に広がるのと同じような漆黒の闇がどこまで続いていた。
「……そうだ! 他の皆は!?」
そう言葉にしながら私は慌てて一緒にいたはずの3人の気配を探るが、何か大きな力が邪魔をする感覚が私の気配感知を阻害して上手く気配を探ることができない。
(この周辺を漂ってる光……一つ一つに妙な力を感じるから、それに紛れて他の気配が上手く探れないみたい)
そう判断した私は目視で見える範囲に何かないかと探していると、少し離れた位置にあるここと同じような島、それも私とは天地が逆になっている地点で私と同じように困惑した表情でこちらに視線を送っているヒスイさんの姿を見つけた。
そして、通常なら大声で叫べば声が聞こえそうな距離なのでヒスイさんは必死にこちらに何かを伝えようと叫んでいるようなのだが、今私がいる島とヒスイさんがいる島との間に存在する空間に見えない壁でもあるかの如く一切こちらに声が届くことはなかった。
(このままここにいてもどうしようもないし、どうにかやってあそこまでいけないかな……)
そんなことを考えながら周囲に視線を巡らせると、ジャンプすれば届く程度の距離にもう一つ同じような島があるのを見つけ、その島の近くにも同じようにジャンプすれば届きそうな島がいくつか点在しており、それを伝っていけばヒスイさんの島まで移れそうなルートを見つける。
ただ、問題があるとすればその島の地面はこちらの島と平行に続いているわけでは無く、最初の島もこの島を基準に考えれば70度ほどの傾斜があるので普通なら飛び移ったところでまともに歩けるのか微妙なところだった。
(でも、私と180度地面が反対を向いている状況でヒスイさんが落ちないってことは、この島一つ一つに対して垂直な角度で重力が働いている、ってことじゃないか? とりあえず、最初の島に飛び移ってダメそうだったら戻ればいいんだし、ヒスイさんの方はその法則が当てはまらなかったから角度が100度近くて絶対戻れないから私が試すしかないよね)
そう覚悟を決めた私は、聞こえないと分かっていてもヒスイさんに向けて身振り手振りを交えながら大声で隣の島に飛び移ってみることを伝える。
そして、それがきちんと通じたのかは不明だがヒスイさんは心配そうな表情を浮かべながらもこちらに声を届けようとするのを諦めて口を閉じたようだった。
(一応重力制御魔術でいつでも重力を軽減できるようにしといて……よし! 行くぞ!)
本当は、重力制御魔術で重力の強弱を操るだけでなく向きも変えられるならこれほど悩む必要もないのだが、流石にできないことにあれこれ不満を漏らしても状況は改善しないのでできる限りの工夫を凝らして状況の打破を試みる。
そして、今回はそんな私のチャレンジ精神が無事突破口を開くカギとなってくれたようでジャンプして次の島が近づいてきた直後、突如として私に体にかかっていた重力の向きが変化するのを感じ、予想以上の速度で地面に近づいてしまったことで着地が困難だと判断した私はせめて盛大に転んでダメージを受けないように着地と同時に何とか受け身を取ることに成功する。
(やった! やっぱりこの島、地面がある方に向かって重力が働いてるんだ。 ただ、重力の影響範囲が次の島のに切り替わるのが結構近づいたところでだったし、あんまり離れた位置の島に飛び移ろうとしても落ちちゃう可能性が高いから無茶はしない方が良さそう。一応、こっちの島がさっきの島より小さいから影響範囲が狭かった可能性もあるし、一度どういう法則で重力の向きが入れ替わるのかは試しておいた方が良いかな?)
冷静に分析を重ねながら、私は試しにさっき私がいた島に先ほどと同じ感覚で戻ってみる。
すると、やはり重力が切り替わるのはある程度地面が近づいたタイミングだったのでどうやら島の大きさは切り替わりに関係なく、自分が今いる島にかかっている重力の向きを基準に一定以上次の島に近づけばそちらの重力に切り替わる、と言った法則が働いているようだった。
(さて、そうと分かれば問題なくヒスイさんがいる島に移動できそう!)
そう判断した私は最初に見繕っていたルートを通って次々と島を渡り、1分もかからない時間でヒスイさんのいる島まで辿り着くことに成功する。
「あんた、すごい度胸ね。確かにあたしの方に比べて失敗してもどうにかカバーできそうな距離と角度だったとはいえ、もし失敗してこの漆黒の空間に落ちてたらどうするつもりだったの?」
ホッとした表情と呆れた表情の入り混じったような複雑な表情を浮かべつつ、ヒスイさんは島に辿り着いた私の側までやってくるとそう声を掛けて来た。
「ママからの教えで、確実に救助が見込める状態であればその場に留まる選択も有効ですが、ハンターを続けていけば自分の力でどうにかしないといけない状況の方が多いからどうせ立ち止まっていても状況が好転することなんてないのならとにかく命がけで試せる手は全て試せ、と言われ続けていたので」
「……まあ、確かに特級に認められるようなハンターならば危機的状況の中で命がけの選択肢を迫れながらも常に正解を引き当てて来たんでしょうし、そういった指導は当たり前かもしれないけど……下手に動いて状況が悪化するよりも好転はしなくても現状維持を続ける、ってのも一つの選択肢だとは思うわよ」
「確かにそうなんですが、私の場合相方のマリアがこんな状況だっと絶対じっとしていてくれないので、普段からどう動くのが被害が少なく最善の結果が出せるかを考えてとりあえず動く、って習慣が身についてしまっていて」
苦笑いを浮かべながらそう返答すると、ヒスイさんも苦笑いを浮かべながら「確かに。あいつは絶対どんな状況でもノリと勢いで後先考えずに動きそうなキャラよね」と同意の言葉を返す。
「それにしても……ここはいったいどこなのでしょうか? 一応確認しますが、今迄このダンジョンを訪れた中でこのようなフロアに出たことってあるんですか?」
「当然ないわね。……てかここ、おそらく極稀に発見されるダンジョンの裏側、邪神が封印されていると言われるあたしたちの住む世界と異なる法則で形作られた世界、『異界』ってやつだと思うわ」
「『異界』、ですか?」
「そう。と言っても、あたしもなんかの資料に書かれてた報告を見たくらいでここがどういった場所なのかまでは詳しく知らないんだけど、それでも神歴の終わりに邪神が封じられた世界だと考えられているようで、特級に認められた人達は全員この『異界』を訪れるか『異界』から現れた邪神を討伐して『神造武具』を手に入れたと言われているらしいわよ」
「つまり、特級のママとジークムントさんもこの『異界』を訪れたことがある、と言うことですか?」
「ここと全く同じか、と言われると分からないけど2人がどこかのダンジョンから出現した邪神を討伐したって話は聞かないからおそらく来たことがあるはずね。だから、もし少し離れた位置にいたコハクがあの転移魔方陣に巻き込まれていなかった場合は救助が見込めそうだしその場で救助が来るのを待った方が良いかとも考えたんだけど……」
そう告げながらいったんヒスイさんは周囲に視線を巡らせ、やがて諦めたような表情を浮かべると「マリアの姿がどこにも見えないし、間違いなく動き回ってるだろうことを考えると探しに行った方が良さそうね」と言葉を続けた。
「そうですね。それに、飛ばされる直前に手を掴んでいた私達でさえ離れた位置に飛ばされたってことは、救助に来るママたちがこの近くに飛ばされてくるって保証もありませんしね」
「そうね。そうなるとこの広大な空間を探し回ったとして、あたしたちを見つけるのがいつになるか分からないしせめて目印になりそうな分かりやすい特徴がある場所を目指した方が良いかも知れないわ」
そう言いながら再びヒスイさんは辺りを見回すと、遠くに宮殿のような建物が見える方角で視線を止めると再び口を開いた。
「とりあえず、この空間で唯一確認できる人工物っぽいアレを目指して進みましょうか。もしかすればあの宮殿がこの世界で邪神が封じられてる施設、って可能性もあるけど……あたしが見た資料には『異界』から抜け出すための施設もそういった封印の近くにあったって書いてあったし、救援を待つにしろ自力で抜け出すにしてもあそこを目指す利点は多いと思うわ。…………まあ、もし邪神の封印が解けていた場合は最悪の選択肢となるのでしょうけど、どちらにせよ封印が解けていた場合はここで待っていても邪神の脅威が無くなるわけでは無いものね」
険しい表情を浮かべながらそう告げるヒスイさんに、私は「分かりました。私も覚悟を決めて進みます」と真剣な表情で返した後、目指すべき宮殿の方向に視線を向ける。
その際、なんとなく違和感を覚えたような気がしたもののその時点ではその違和感の正体が分からず、ヒスイさんの先導の下宮殿へと通じていそうなルートを探して歩き出すのだった。




