第17話 炎雷の双星
「ッ!! ……ハッ、なかなかやるじゃない! これは、気を使って手を抜く必要もなさそうね」
「フハハッ! なんじゃ? 既に負けた時の言い訳に使えるよう、手を抜いているアピールか?」
「負ける? ハッ! 冗談はそのおかしな喋り方だけで勘弁してほしいわね!!」
マリアとヒスイさんはお互いを挑発するような言葉のやり取りを行いながらも凄まじい速度で互いの武器を振るいながら一進一退の攻防を繰り広げる。
そして私はヒスイさんの援護に回ろうとするコハクさんを魔術で妨害しながら、少しでもマリアが有利な状況となるようサポートを続ける。
正直、単騎での戦闘では私達の方が分が悪いのだろうが、それでもさすがに2対1の状況でヒスイさんたちが圧倒できる程には実力差が開いているとは思っていない。
そのため、上手くコハクさんをヒスイさんから引き離しながら先に2人がかりでヒスイさんを無力化できれば私達にも勝機があると考えていた。
だが、当然ながらそう簡単に事が運ぶほどヒスイさんたちの力は甘くない。
「コハク! そろそろ本気で行くわよ!」
何度目かの応酬の末、受け止めたマリアの一撃の衝撃を利用してわざと後方に下がりながらヒスイさんはそう告げると、持っていた刀を両手で掴むと正眼の構えを取る。
そして、それとほぼ同時にコハクさんが同じ構えを取った直後、突如ヒスイさんの刀には燃え盛る業火が、コハクさんの刀には眩き雷が宿る。
「さて、大丈夫だとは思うけど本来の力を全て開放した状態だと上手く加減できないから、せいぜい死ぬ気でかかって来なさい!」
そう声を掛けながらヒスイさんはマリアとの距離を再び詰め、そのまままっすぐマリアの胴体目掛けて業火を纏った刀を振り被る。
「フッ、その程度の見掛け倒しなぞ—―」
別に炎を纏っている以外に変化のない一撃に、マリアは特に警戒することなく先程までと同じように大斧を振るって迎撃の体制を取るが、互いの武器が重なった瞬間にマリアの表情を変わる。
「ッ!!?」
そして、先程まではどちらかと言えば押していたはずのマリアの一撃はあっさりと押し返され、そのまま押し切られて不利な体勢に持ち込まれる前にマリアは大きく後方に飛ぶことで仕切り直しを図る。
だが、当然それをヒスイさんが許すわけもなく追撃を放ち、追撃によって大きく武器を弾き上げられたことで隙を見せたマリアの体を、私が魔力の糸で強引にずらさなければ間違いなく致命的な一撃を受けていたと確信できるほどに追い詰められていた。
「なんじゃ!? いきなりあやつの力が数十倍にも跳ね上がっておったぞ!」
私のすぐ側まで引き戻されながらそう告げるマリアに、私は努めて冷静に状況の分析に専念する。
(あの炎が出現した瞬間、2人の魔力量が一気に上がった気がする。だけど、今迄過剰にも感じるくらい武器に集中していた魔力は一切感じなくなったし、あの武器に回していた魔力を使ってさらに肉体を強化した、ってこと? そうなると、これだけ身体能力が上がるってことは相応の魔力を武器に回してたってことだから、この炎や雷を纏わせるためだけにそれだけの魔力を消費する意図が何かあるはず)
私が分析を進める間に再びマリアはヒスイさんとの距離を詰めて武器の打ち合いに持ち込むが、当然ながら強化されたヒスイさんの一撃を押し返すことができずに再び押され始める。
そして、私の妨害を躱しながらも何かを狙っている気配を見せながら積極的に戦闘へ参加してこないコハクさんへの警戒を強めながら私はさらに思考を加速させる。
(いや、違う! あの刀は確かに魔力を纏ってはいるけど、あの刀自体から魔力が湧き出している感じじゃない。どちらかと言うと周囲の魔力を吸い取りながら力を蓄え続けている感じで、その時に吸収しきれなかった魔力が炎や雷となって刀の周りに漏れ出しているように感じる。でも、そうなると戦闘開始直後にもこの現象が起こってないとおかしいはずなのに……まさか、力を開放したっていうのは武器の魔力を開放したってことじゃなくて、この刀が周囲の魔力を吸収する性質を押さえるために使っていた魔力を解除して自身の強化に回しただけなんじゃ)
そう気付いた直後、ゾクリと背筋に嫌なものを感じた私は反射的に「マリア!!」と声を上げていた。
直後、マリアはこちらを振り返りすらせずに全力で私の近くまで後退し、それとほぼ同時に振るわれたヒスイさんの刀から大量の魔力が放出されると同時に今迄マリアが立っていた位置に天井まで届く灼熱の火柱が姿を現す。
「ッ!!」
咄嗟に展開した魔力障壁によって直接的なダメージは防いだものの、突如急上昇した室温によって軽い眩暈を覚える。
だが、今はそれどころではないので必死に私は気力を振り絞り、双剣を交差させるように構えながらもう一つの脅威に対応すべく全力で自身に身体強化の魔術を施す。
直後、ビリビリと部屋全体を揺さぶるような轟音が響き、視界全てを白に塗りつぶす極光と共に双剣を構える私の両腕を凄まじい衝撃が襲う。
「~~~~~~~~ッ!! ——————————————ッッ!!!」
意識が飛びそうになるほどの衝撃と痛みに言葉にならない叫び声を上げながらも私は必死に魔力障壁と身体強化で耐えながら、荒れ狂う雷撃から背後のマリアを守るために魔力障壁を展開し続ける。
正直、身体能力や物理的な攻撃への耐性はギフテッドとして天性の肉体を持つマリアは圧倒的な才能を持つものの、その代わりに魔術を使えない、つまりはほとんど体外に魔力を放出できない代償のせいで魔力障壁なども展開ができず、魔術に対する体制が極端に低いという弱点があるのだ。
当然、放出はできなくても魔力を身体や装備する武器に纏わせることくらいは可能なので魔力的な防御が皆無と言うほどではない(それどころかマリアもかなり魔力量は多い方らしく、込められた魔力量が少ない半端な魔術ならば棒立ちでもダメージを受けない)のだが、それでも一定以上の出力になれば本来魔力防壁に守れらている者へ魔力で効率的にダメージを与えるために編み出された魔術を耐えきるのは不可能であり、魔力防壁での威力の減衰が無い分他の人の何倍もダメージを受けてしまうのは避けられないのだ。
(マリアより戦闘力が劣る私が一人になればその時点で勝ち目はないから、何としてもここでマリアを守り切る! それに、これだけの大技を放てば相応の隙ができるはずだから、もしここで私が倒れてもマリアが消耗したコハクさんを打ち取って勝機を見出すことだってできるはず!!)
そう考えを巡らせながら、私は目の前の脅威、雷光を纏うコハクさん(と言うか、纏うというよりほぼ雷光そのものになっているようにさえ感じる)にガードを打ち破られないよう砕かれるたびに何度も魔力障壁を展開しながらその一撃を耐えきろうと歯を食いしばる。
だが、そんな私の努力を嘲笑うかの如く背後から予想外の声が聞こえてくる。
「この一撃に初見で耐えるなんて、さすがだね」
「!!?」
もはや声を出す余力もない私は素早く目線だけを声のした方向へ向け、そこに今目の前で雷光を纏って私と鍔競り合いを繰り広げているはずのコハクさんの姿を見つける。
(どうしてここに!? それより、マリアは!)
そう意識を向けた直後、今迄背後にあったはずのマリアの姿が幻のようにぼやけて消える。
そして、荒れ狂う魔力の奔流で上手く機能していなかった魔力感知が少し離れた位置でヒスイさんの作り出した炎の檻に囚われているマリアの気配を感じ取り、どうやら私達はヒスイさんの作り出した幻炎によって合流を阻止されており、既に勝敗が決していることを悟る。
「申し訳ないけど、僕達も昇格が掛かっている以上手を抜くわけにはいかないんだ」
そうヒスイさんは告げながら、刀を鞘に納めると居合の構えを取る。
(ああ、初級から中級に上がるためでさえこれくらいの実力が必要なんだ。分かってはいたけど、私が目指す英雄への道のりってやっぱり途方もなく険しい道なんだなぁ)
これから待ち受ける険しい試練の道に思わず苦笑いを漏らしながら、私はせめてもの抵抗として荒れ狂う雷撃のダメージも気にせずに出せる限りの魔力を放出して今迄コハクさん本人だと誤認していた分身体の軌道を逸らして硬直状態を抜け出し、今まさに刀を抜き放とうとするコハクさんへと斬りかかる。
だが私の攻撃がコハクさんへと届くことはなく、閃光と共に襲ってきた強力な衝撃により意識を刈り取られることとなるのだった。
 




