第14話 本部長
チェルシーさんの説明によると、本部長室は最上階である20階にあるという事実を伝えられ、外観から巨大だとは分かっていたこの施設がそれまでに巨大な施設であったという事実に驚いてしまう。
正直、パンデオンで泊まった宿屋も4階建てですごく高い建物だと感じたのだが、今回はその5倍なので若干『何かあったらどうしよう』と言う恐れも感じるほどだ。
だが、これだけ階数が多い建物で働くとなると階段の上り下りだけでかなり体力がないと毎日大変そうだな、などと一瞬心配になったのだが、よく考えればセントラルステーションで見た動く階段のような設備もあるのだしそこまで心配はいらないのかも知れないと思いなおす。
だが、案の定施設の一角に設置されていた動く階段(後で教えてもらったが、エスカレーターと言うらしい)をスルーしてチェルシーさんは施設の奥の方へと進んでいったため、『もしかして、試験の一環として普通の階段を使って20階まで登らされる、とか?』などと若干身構えてしまう。
しかしそんな私の予想もあっさりと打ち破られ、チェルシーさんは施設の一番奥にある扉の前まで辿り着くと近くの壁に設置されたスイッチを押す。
すると目の前のドアが自動で開き、目の前には開閉不可能なガラス窓が設置されているのに窓の外はすぐ壁で視界が遮られており、左右はドアも窓もない一枚板の壁に囲まれているが家具などは何も設置されておらず、机とイスを設置すれば1人ぐらいしか使えないのではなかろうかと言う程度の広さしかない部屋が現れた。
「さあ、それでは皆さん乗ってください」
正直、『入ってください』じゃなくてなんで『乗ってください』なんだろうと疑問に感じたが、ヒスイさんとコハクさんが慣れた様子で部屋の隅に詰めるように入っていったので私達もそれを真似して窮屈にならない程度に奥の方へ詰める。
そして最後にチェルシーさんが部屋に入ると、入る時と同じように部屋の入り口に設置されていたスイッチを2つほど押し、今度は扉が閉まってしまった。
(いったい何を—―)
私がそう疑問を浮かべた直後、軽い振動と同時に軽い浮遊感を感じ、慌てて背後の窓ガラスの方に視線を移すと壁が消えて外の景色、それも明らかに今迄私達がいた地表より高い位置からの景色が映った(しかも一定の速度で上昇している)ことでどうやらこの部屋全体が上昇しているのだと言うことを理解する。
「おお! まさか、部屋が空を飛んでおるのか!?」
「正確には、1階から20階までを繋ぐ縦長い部屋の中にもう一つ箱状の部屋があって、それを頂上から引き上げることで移動している、って感じかな」
興奮気味に質問を口にするマリアに、コハクさんがそう説明をしてくれる。
「引き上げる、ってことはもしかして落ちたりする危険性もあるんですか?」
恐る恐る私がそう尋ねると、チェルシーさんが「その可能性が無いとは断言できませんが、定期的なメンテナンスも行っていますしいざという時の魔術的な安全装置も付いていますので安心してください」と返答を返してくれた。
それからしばらくしたところでその部屋(エレベーターと言うらしい)は最上階の20階まで辿り着き、流石にこれほどの階層になるとガラス窓の外に広がる世界も見たこと無いほど高い地点から都市を見下ろす風景なので若干怖いと感じてしまう。
だが、それ以上に今迄地上から確認できていた『天輪』との距離が近くなったことでそれがいかに巨大なモノであり、そして今いる場所よりもさらに高い位置にあるだけでなく都市の上空に円を描く形で繋がっているらしいことを辛うじて観測できたことで、こんな得体の知れないモノについてママが隠している秘密の方に意識が行ってしまう。
(ああ、もう! ママがあれだけ頑なに教えてくれないってことはまだこの話をするには早いと判断したってことだから、あれこれ考えるよりもママが話しても問題ないと思ってくれるようハンター試験に合格するっていう目の前の問題に集中しきゃなのに!)
軽く頭を振って余計な思考を追い出し、チェルシーさんを先頭に歩き出したみんなの最後尾を歩く。
そして、普段ママから教えられている通り周囲の気配を確認し、このフロアには私達以外には1人しか気配がない(私の実力では感知できないような人が潜伏している可能性はあるのだが)ことを確認し、その人物がママの話にできたジークさんと言う人で、今から会う本部長なのだと推測する。
(この気配……ママの気配と一緒で全然強さが分かんない。だけど、普段からママの気配に慣れてるからこそこの人が私ではどう足掻いても勝ち目がないほどの強者だってことも理解できる)
冷静にそれだけ分析した私は、下手な発言で相手の心証を悪くしないようどう挨拶をすべきか頭の中でシミュレーションしながら皆の後ろを付いていく。
そしてしばらく歩いたところで今迄通路上に確認できたどの部屋よりも大きな部屋の前に辿り着き、チェルシーさんは軽くドアをノックすると「本部長。皆様をお連れしました」と声を掛ける。
『ああ、入ってくれ』
ドアの向こう側から低い男性の声が聞こえ、それを合図にチェルシーさんが部屋の扉を開け放つ。
そして、脇に避けるチェルシーさんに合わせるようにヒスイさんとコハクさんも私達親子に道を開け、目線で先に入室するよう促して来た。
(またコハクさんの時みたいに初対面の男性だと上手くしゃべれないかもだけど、それでもいきなり悪印象を持たれないようにしっかりと挨拶しないと!)
そう覚悟決めながら本部長室に入室し、部屋の奥に設置された執務机から腰を上げてこちらに睨むような視線を向けている男性の姿を見つけて思わず足を止めてしまう。
身長はおそらく2m近くあるだろう巨体で、白髪の混じった赤髪がそれ相応の年齢だということを教えてはくれるものの服の上からでもはっきりと分かるほど鍛え抜かれた肉体からは年齢による衰えなど一切感じさせず、その鋭い眼光から男性が歴戦の猛者であることを感じられた。
だが—―
「おう、久しぶりだなジーク。と言うか、しばらく見ない間に随分老けたな」
そう声を掛けたママに視線を向けた直後、先程までの厳つい表情がウソのようにポカンと呆けた表情を浮かべ、やがてそれが驚愕の表情に変わると同時に「いや、逆になんでお前は全く老けてねえんだよ!」と軽快なツッコミを入れて来た。
「それはほら、わたしはまだ45だし」
「俺はお前の2つ下だからな!?」
「じゃああれだ。若いころから続けて来た女性としての弛まぬ努力の成果が—―」
「いやいや、俺が知る限りお前は『美よりも力』のスタンスだったからな! てか、加護があるからってそういった努力とは全く無縁の生活だっただろ! それに、いくら何でも結婚して子供を産んでるんなら—―」
本部長は怒涛の勢いでツッコミを入れながらマリア、私の順に視線を向け、私を見た瞬間になぜか困惑の表情を浮かべてそのまま固まってしまう。
「どうした? うちの娘があんまりにも若い頃の姿そっくりで、あの頃を思い出して言葉も出ないか?」
ニヤリと笑みを浮かべながらそう声を掛けるママに、私は内心(私とママってそんな似てないよね。それに、村でもよく同じくらいの歳だった頃のママに比べて随分とお淑やかな見た目だから私はパパに似たんだろう、って言われてたじゃん)とツッコミを入れる。
「……え? ああ、すまねえ。……因みに、相手は俺も知ったやつなのか?」
どうやら冷静さを取り戻したらしい本部長がママにそう尋ねると、ママは「今わたしが名乗っている姓はランベルト、って言えば分かるか?」と尋ね返す。
「……成程。そういうことか」
本部長は短くそう呟くと、一度コホンと咳払いを挟んで姿勢を正し、再び私とマリアに視線を向けると再度口を開く。
「先ほどは見苦しい姿を見せてすまなかった。俺はこのハンター協会グランフォリア王国拠点本部長を務めるジークムント・ライズベルだ」
そこで本部長、ジークムントさんが言葉を切ったので私は自分たちが自己紹介をするよう促されているのだと悟り、先程のやり取りを見ていたおかげで若干親しみやすく感じることができたのか「アリス・ランベルト、です。よろしくお願いします」と、若干ボリュームは控えめだったが問題なく挨拶を交わすことができた。
そして—―
「フハハハ! 我こそは、闇夜を統べ―アタッ!?」
おかしな名乗りを上げようとしたマリアがママのげんこつを食らい、せっかく真面目な雰囲気に戻りかけていた空気は緩い感じへと戻ってしまうのだった。




