表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

リリーローズの物語

イグナイトの独白

作者: ヒトミ

これは私、イグナイトの、ある夜会でのできごとからの物語だ。



「最近、夜会でホワイト伯爵が、娘の肖像画を配りながら、自慢話をしているらしいぞ」

「ホワイト伯爵に娘なんていたか?」

「それが、絶世の美少女らしい」


周りにいた貴族達がワインを片手に噂話をしている。

連日の夜会にうんざりしていた私は、そんなに美少女であるなら、一目みさせてもらおうと、壁ぎわから動きだした。



少し小柄な男が、貴族達を集めて話をしている。


「失礼。ホワイト伯爵だろうか」

「はい? ……ひぇ、アメティスタ公爵閣下!」


その男は、私の声に振り返ると、持っていた肖像画を、手から離す。


「おっと」


その肖像画を、床に落ちる前に受け止めた。流れで、描かれている絵をみる。


瞬間、思考が止まった。絵の中の少女は、広い(みずうみ)を覗き込むように少しうつむき、ともすれば、どこかに消えてしまいそうな、儚い表情をしていた。

たしかにこれは美少女だ。



動悸がする。胸元を握りしめ、肖像画にみいってしまう。なんだこれは、こんなことがあっていいものか。私は一瞬でこの絵の少女に心を奪われた。



ホワイト伯爵の周囲にいる貴族達を確認する。

男爵令息、子爵令息、子爵令息、また男爵令息。それも次男以降。

いずれも、ホワイト伯爵家より格下の家だ。

絵の中の少女と釣り合う歳の貴族達だな。

娘の婚約相手を探しているのか。


「肖像画が、も、申し訳ありません」

「いや、大丈夫だ。こちらの肖像画、いただいても構わないか?」

「そ、それは……」


伯爵は慌てて拒否しようとするが、有無を言わさず、肖像画を懐におさめる。


「ご令嬢の話を聞きたい。別室に移動しよう」

「あ、はい……」


断れないようにしたのは私だが、怖がらせるつもりは無かった。

伯爵の縮こまる様子をみて、少し反省する。だが、後悔はしない。



別室のソファに座り、伯爵を目線で目前のソファに促す。

伯爵がぎこちなく座るのを見届けて、本題にはいる。


「私は、イグナイト・アメティスタだ。ご令嬢の名前はなんというのだろうか?」

「む、娘の名前は、リリーローズと申します」


あの少女はリリーローズという名なんだな。似合っている。


「伯爵はご令嬢の婚約相手を、お探し中とお見受けした。まだ目星をつけた者がいなければ、私が立候補しよう」


ホワイト伯爵家は、北の辺境を守る、王国にとって重要な家だ。私と婚約しても、なんら問題はない。陛下にはむしろ歓迎されるだろう。


「わ、私は、娘を他領に嫁がせるつもりはなくてですね」


ああ、さきほどの貴族達をみていれば、それは分かる。


「伯爵、あなたの家と、私の公爵家が縁続きになることは、国力強化に繋がる重要な意味がある」


伯爵も私の言葉に納得したのか、ゆっくりと頷く。


「ご令嬢を大切にされているのは分かるが、ここは一つ、国の為だと思って呑んではくれまいか?」


「……わかりました……」


伯爵はガックリと肩を落とした。伯爵には悪いが、我ながら上手い説得だったな。


「婚約は承知いたしますが! 娘はまだ子どもですので、結婚はあと一年お待ちください、一年後王都に連れてきましょう」

「……分かった。待とう」


これは、伯爵に一本とられたな。はぁ、一年の辛抱か。


肖像画でみただけだというのに、なぜこんなにも気になるのだろう。自分のことながら、制御できない気持ちにとまどう。



実物に会って話をしてみたいと思いながら、長い一年を堪えた。




「風邪をひいているだと?」


ご令嬢と婚約して一年後。夜会で伯爵に会うと、ご令嬢は風邪をひいて寝込んでいるので、連れてこられなかったといわれた。


「はい……。申しわけありません。そういう訳ですので、来年こそは連れてきます」


風邪であれば、仕方がない。ご令嬢の回復を祈る言葉をかけて、伯爵から離れた。



公爵邸の執務室で、一年前に手に入れた肖像画を机において、ご令嬢の事を考えていたとき、乳兄弟のエルドーレに声をかけられる。


「最近、仕事に身が入っていないときが多くないか?」

「そうだろうか」

「おう。今だって……、うわ、なんだこの肖像画! 現実にこんなご令嬢がいるわけない! 多分盛ってる。いや、絶対盛ってるぞこれ」


エルドーレは、私の机をみると同時に肖像画を指さして叫んだ。

失礼だな。そんなことは私だって考えた。だが、これは理屈ではないんだ。


「放っておいてくれ」

「いいか、イグナイト。目を覚ませ。これは幻だぞ。夢をみるな。俺の妹なんて、画家の絵を見ては、こうしろ、ああしろと無茶な注文をして、最終的には別人の肖像画ができあがっている」


実体験だということは分かったが、いい加減にしてくれ。エルドーレをねめつける。


「口を閉じないと、お前の妹に、今の話を一言一句たがわず伝えるが、かまわないな?」

「げぇ、それは勘弁!」



そうこうしながら、二年後。伯爵に会う日がきた。今年こそは、ご令嬢に会うことができるだろう。ご令嬢はどのような性格をしているのか、楽しみだ。



「北の森に行っていて、連れてこられなかった……か」


鋭い目で伯爵をみる。伯爵は目を泳がせた。大分無理のあるいい訳だと分かっているのだろう。


「……う、申し訳ございません」

「来年の王宮舞踏会には連れてきてくれ」


期待を裏切られた。いい加減我慢の限界だ。王宮の舞踏会であれば、そうそう裏切られることはない。もし、連れてこなければ、今度は実力行使にでるだけだ。


「分かりました……」


伯爵は観念したらしく、うなだれながら帰って行った。




婚約してから三年後。国王陛下に、婚約者が舞踏会にくると伝えたところ、王宮の貴賓室を一部屋(ひとへや)貸してくれることになった。


ご令嬢に王宮で待っていると伝えるよう、伯爵に手紙で頼む。



やっと王宮舞踏会の日だ。

ここまで舞踏会の日を待ちわびたことはなかったなと、感慨(かんがい)にふける。



王宮に仕える侍従がご令嬢の到着を告げにきたので、貴賓室に行ったが中には誰もいなかった。


侍従が、伝えることを間違えるわけはないだろう。


「部屋を出てしまったのか?」


もしかしたら、一人で会場に行ってしまったのかもしれない。急いで会場に向かう。


「……キャ!」

「おっと、すまない。大丈夫か」


道すがらの曲がり角で、女性にぶつかりかける。


「こちらこそ、すみません。アメティスタ公爵様」

「これは、リリアンヌ子爵令嬢。そんなに急いでどうした」


たしかアレクシス殿下の婚約者候補の一人だったな。


「アレクシス様が、いつまでたっても部屋に迎えにきてくれないので、会場に行こうとしていたところなんです」


会場は反対方向だが……。


道に迷っていたリリアンヌ子爵令嬢を連れて会場に行くと、周囲が騒がしい。


「あれは誰だ」

「見たことの無いご令嬢だな」

「ホワイト家の幻の令嬢じゃないか?」

「なぜ王子殿下と一緒にいるんだ」


(みな)が見ている方を確認する。

殿下と思わしき人物が、小さなご令嬢の肩を抱いて、ヴィットーリア侯爵令嬢と話していた。

ご令嬢はプルプルと震えながら、泣き出しそうな表情をしている。


あれは、私の婚約者だ! 殿下は何をやっているんだ!! ご令嬢とリリアンヌ子爵令嬢の服が同じだから間違えたのか!? ありえない!


甥には後できつく(きゅう)()えることにした。




その後、私はローズを救出し、念願の会話を楽しんだ。結婚の承諾ももらい、浮かれて日にちまで決めようとした。


ローズに慌てて止められ、我に返ったほどだ。





「イグナイト様? ボーッとしながら、何を見ているのですか?」


ローズが部屋にきた。私が見ている肖像画を覗き込む。


「……こ、これは……! なんでここにもあるのかしら……! は、恥ずかしいので見ないでくださいぃぃ!!」


何かに気づいたローズは、叫びながら肖像画を取り上げようとしてきた。


これは、私の大切な思い出の品なので、いくらローズにでも渡すことはできない。


「いい絵じゃないか」

「私にとっては良くないものなのですわーー!」


慌てる姿も可愛い。他の誰かに取られる前に婚約し、結婚できたのは奇跡だったな。

お読みいただきありがとうございました( . .)"

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ