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幕間 奇人官吏と変人獄吏の暇つぶし

祝pt1000突破SSです!

皆様日頃から応援いただき、ありがとうございます!!

 日頃仕事に追われている人間ほど、ぽつんと予期せぬいとまができると、なにをしていいのかわからなくなるものだ。

 いまのコウがまさにそうだった。

 

 後宮丞こうきゅうじょうに定時はない。

 後宮そのものが朝まで賑わっているせいもあって、落ちつくのが鶏鳴けいめい(午前一時)ということもざらだった。事件があれば朝だろうと晩だろうと呼びだされて現場にむかわなければならない。

 だが、この日はこれといった事件もなく人定にんじょう(午後十時)にはおおかたの職務が終わってしまった。


「だからといって、なぜ、あなたなんかと飲まないといけないんでしょうか」


 コウはため息をつき、旧知の友……いや、友というわけでもないが、知人ではある獄吏ごくりの男、琅邪ロウヤを睨んだ。

 琅邪は嗤いながら、徳利を掲げる。


「たまにはいいじゃねェか、どうせ暇なんだろ」


 琅邪は宮廷の外にでることを許されていない。靑靑ショウショウと違って彼は宦官ではないが、獄吏の一族であり宮廷に縛られた身だ。だから飲むといっても都に繰りだすわけではなく、宮廷の庭先の廊子えんがわに腰かけて徳利を傾けるだけ。酒吧さかばの喧騒もない、酒肴もない、芸妓もいない。

 琅邪は安い黄酒を杯につぐことなく、徳利からぐびりと飲む。絳は放りなげるようにまわされてきた徳利から、杯に中身をそそいだ。


「私はそもそも、酒が好きではないのですが」


「酔えねェからだろ? 人生の五割は損してやがるな。しかもオンナも賭け事もやらねェときた、なにが楽しくて生きてンだよ」


「……楽しくなくても生きてはいけるんですよ、人間なんてものはね」


 絳はそれだけいって、杯を空にする。


「でも、まあ、このごろはそれなりには楽しいですよ」


 先帝の死後、くすんでいた絳のせかいにひとつ、あざやかな紫があらわれた。

 昏がりにともる燈火のように絳の視線を惹きつけてやまない紫の眼の姑娘――スイ 紫蓮シレンと逢ってから、絳の日常は様変わりした。


「あァ、紫蓮シレンのことかァ?」


 琅邪が馬鹿にしたように嗤った。絳があからさまに視線をとがらせる。


「……あなたは以前から紫蓮と知りあいなんだとか」


 絳が紫蓮と逢うずっと前から、琅邪が紫蓮と知りあいだったのだと考えると訳もなく胸が悪くなる。


「まあな、あんなに度々獄舎にくるおんななんか、ほかにはいねェからな」


 絳は胸が締めつけられた。

 紫蓮は検視をして真実を訴えては、いわれのない罰にさらされているのだ。


「だが、気持ち悪リィくらいにオンナに興味のなかったおまえが、よりによってあんなガキに惚れこむなんてな。ヤらせてもくれねェような小姑娘こむすめのドコがいいんだか」


「けがらわしい。私はあなたとは違って、下卑た欲ではなくもっと清らかな想いで彼女を愛しているんです」


「愛ねェ、はっ、こいつは重篤だな」


 琅邪が空になった徳利を乱暴に転がして、もうひとつ、栓をあけた。


「だけど、まァ、わからねェでもないよ。あれはクるよな(・・・・)


「……あなたは男を虐げるのは好きでも、か弱い姑娘むすめを甚振る趣味はないとおもっていたのですが」


「気色の悪リィ言いかたしやがって、それだと俺が男色家だんしょくかの変態みたいじゃねェか。俺にそういう趣味はねェよ。ただ、偉ぶってるやつらが地を這ってるとこをみてると最高に気分がイイってだけだ」


 琅邪が煙管に火をつける。煙がもろに絳のほうに流れてきて、絳はいやな顔をして風上に移動した。


「ま、でも確かに弱いやつを甚振るのが趣味じゃねェな」


「でしたら」


「強いんだよ、あの姑娘オンナは」


 紫蓮を想いだすように遠くに視線を馳せ、琅邪は低くつぶやいた。


「あんな細っこくてちっせぇガキのくせして、どれだけ痛めつけても、涙ひとつ流さねェ。悲鳴すらかみ砕いて、終わったらすぐに微笑んでやがる――泣かせてやりたくなる」


 鞘鳴りは一瞬。絳は琅邪の喉もとに剣を突きつける。


「紫蓮を傷つけるつもりならば、あなただろうと容赦しませんよ」


「っ……は、恋ってのは怖ェな」


 琅邪が牙を剥くように嗤った。

 煙管で剣身をかつんと弾き、琅邪は絳に剣をおろすようにうながす。絳はくるりと剣身を回転させ、なめらかな動きで剣を鞘におさめた。

 琅邪は残っていた徳利を奪い、いっきに飲みすと腰をあげる。


「暇つぶしにはなったぜ。あァ、でもひとつ、教えといてやるよ」


 ぐいと絳の胸ぐらをつかんで、琅邪は嘲笑した。


「恋なんてゼンブ、欲なンだよ。傷つけるな、とかたいそうなことを抜かしててもそのウラにあンのはけっきょく、他の男じゃなくてテメェがあいつを傷つけたいって欲だろ? おきれいぶるなよ」


 それだけいって絳を突きとばし、琅邪は背をむけて暗がりのかなたに遠ざかっていった。残された絳はため息をついて、杯を傾け、唇を濡らす。


「……そんなことはわかっていますよ」


 これは欲だ。傷ひとつでも、彼女に愛した証を残せたらと思わずにはいられない。だが、衛りたいという想いも嘘ではなかった。


 酔えない身を呪いながら、絳はからっぽになった杯をふせた。

お読みいただき、ありがとうございました。

現在、連載再開にむけて書き進めております。

ブクマ300か、1500ptを突破できればまたお祝いSSを書かせていただきますので、引き続き、応援いただければ幸甚でございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 絳と琅邪、全く違うタイプの人間ですが、話があっていそうですね。 最後の「欲」は、絳ならわかっていそうですね。 愛だけでなくいろんな感情を紫蓮さんに抱いていることを自覚していそうです。
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