幕間 妖妃、犬になつかれる
祝ブクマ200突破SSです!
日頃からご愛読くださる読者様には感謝の想いがつきません。これからも楽しんでいただけますように。
「よいしょ、あとちょっとで取れそうなんだけどね」
園林に茱萸の実がなったので、紫蓮は収穫にきていた。
後宮の妃妾に茱萸の実なんかを食べるものはいない。野鳥についばまれるのを待つばかりになっている。それではもったいないので、朝のおやつにでもしようとおもったのだが、案外高い枝に実がなっていた。
紫蓮がこまっていた、その時だ。
ワンワンワン!
犬の声が聴こえたとおもったのがさきか、紫蓮はどこからともなくやってきた犬に飛びつかれる。
「ひゃっ、ちょっ、やめてくれないかな、い、いやだって」
ひっくりかえった紫蓮に乗っかって、犬は尻尾を振りながら顔を舐めまわす。紫蓮は悲鳴をあげているが犬はお構いなしだ。
「す、すみません……って紫蓮!?」
聴きなれた声に振り仰げば、絳がかけつけてきたところだった。
「そんなところでみてないで、助けておくれよ……ふあっ、べとべとになるじゃないか」
絳は慌てて犬を――といっても猫ほどしかない小型犬だが、犬を抱きあげて紫蓮からひき剥がしてくれた。
「でも、なんだって、きみが犬なんか連れているんだい」
よだれだらけになった頬を袖で拭いながら、紫蓮は絳に問い掛けた。
「とある妃の飼い犬なのですが、散歩係の女官が夏風邪をひいたとかで――後宮丞の管轄ではないはずなんですけどね。大陸の外から連れてきた高値な犬だそうで、宦官には任せられないと言いだしまして」
「それは……ご愁傷さまだね」
犬は絳に捕まってもまだ尻尾を振り続けている。隙あらば、紫蓮に飛びつかんいきおいだ。
「ずいぶんとなつかれていますね」
「なつかれる!? これが!? どうみても襲われていたじゃないか」
紫蓮が泣きそうに抗議する。
彼女にしてはめずらしい剣幕に絳が瞬きをして、わずかに悪戯っぽい微笑を唇に湛えた。
「まさか、犬がこわいということはないですよね」
「っこ、こわくはないよ? ただ、その……犬はこう、いきなりせまってくるじゃないか。猫とか蛇はそうそう近寄ってはこないのに」
「なるほど」
しかも、犬は体温が高い。生物の熱を苦手とする紫蓮にとってはあきらかに相性が悪かった。
だが、このなつきかた、というか距離感の異様さは何かに似ている。犬をなだめて縄につなぎなおしている絳を眺めながら、紫蓮がああ、そうかと思った。
「きみは犬に似ているよ」
絳の微笑がひきつった。
「そんな。あなたが好きなものならばともかく、きらいなものに似ているといわれても嬉しくないのですが」
「ついでに猫にも蛇にも似てる」
「化生じゃないですか」
紫蓮がふふと微笑する。
「そうだよ、化生みたいな男だよ、きみは」
絳は奇人だ。それなりに一緒にいるつもりだが、依然として素姓が知れない。だが紫蓮はそんな彼のことを、それなりには気にいっている。
「ちょうどいいんじゃないかな。僕だって妖といわれているくらいだからね」
絳がふっと双眸を弛めた。
「妖妃と化生ですか」
さきほどまで落胆していたのがうそみたいに嬉しそうだ。解りにくくて、解りやすい。ほんとうに奇妙な男だ。
「ああ、そうだった、茱萸をつんでいたんだけどね。僕では取れないんだ。きみだったら、取れるとおもうんだけど」
「茱萸ですか。確かによく実っていますね」
絳はひょいとかんたんにまるまると実った茱萸を摘んでくれた。すぐに紫蓮が持っていた竹籠いっぱいに収穫できた。茱萸をぽいと口に放りこむ。
「うん、あまずっぱくておいしい。きみもどうかな」
「いただきます」
ついでに犬も落ちていた完熟の実をもぐもぐと拾い食いしていた。
「あまくて酸っぱくて、ほのかに苦くてなかなかにややっこしい味ですね」
「そこがいいんだよ」
振り仰げば、朗らかに木陰を落とす枝葉のあいまには、まだまだ数えきれないほどの赤い実がついていた。まだら模様の翼をした虎鶫が枝にとまって、茱萸をひとつ、啄む。嬉しそうに虎鶫が囀る。練習不足な篠笛のような鳴きかただ。
不吉だの妖怪だのと噂される虎鶫もこうしてみれば、意外に可愛い。紫蓮は視線を動かして絳をみる。野趣の強い茱萸の味に首を傾げる絳も何処となく可愛らしく、紫蓮はそっと唇を綻ばせた。
お読みいただき、ありがとうございました。
続けて9日(土)には祝pt1000突破SSを投稿させていただきますので、ブクマは外さずにお待ちいただければ幸甚です!
連載再開の準備を進めております。
お星さまをいただけると作者のモチベーションがぐぐんっとアップして、早めに連載再開できるかもしれません!(笑) 応援いただければ幸甚です!





