88 華の女帝との茶会
紫蓮視点です。
茶杯にひとつ、花が綻ぶ。
時をおなじくして、紫蓮は水亭で最上級の茶を振る舞われていた。飾りたてられた卓を挿んで、むかいあわせに茶を飲むのは宮廷に君臨する華の女帝――珀 如珂だ。
「このような場にお招きいただき、有難き幸せでございます、皇太妃殿下」
紫蓮は袖を掲げ、唇を綻ばせた。
如珂から茶会の誘いがあったと靑靑から知らされたとき、紫蓮は戸惑った。だが、すぐに幸運だと考えなおした。こんなことがなければ、最低級の妃が皇太妃に拝謁することなどかなわない。
「ですが、お戯れにしては些か悪趣味が過ぎるかと。死に穢れた妃などを、茶会に誘ったとあっては、後宮の華々がいかなる噂の蝶をまつろわせることか」
紫蓮は媚びることなく、如珂の真意をひきだすように敢えて毒を孕んで微笑みかける。
「ふふ、可愛くない姑娘だこと」
茶杯をまわしながら、如珂は妖艶な笑みをこぼす。
「異腹とはいえども、そなたは皇帝の姐にあたる。妾にとっては姑娘のようなものだ。奴婢に等しい身分の姑娘であっても、な」
「勿体なき言葉です。皇太妃殿下は国の母、士族から奴婢まで民を等しく子と想われる寛容なる御心には頭があがりません」
穏やかな午後の日が差すなか、互いに牽制しあうような言葉の掛けあいに、女官たちが頬をひきつらせている。
皇太妃の背後では、老いた宰相がおろおろとしていた。背をまるめた気弱そうな老爺だ。確か、もとは宦官だったと、風の噂で聴いたことがある。
「柴 綜芳の葬礼がつつがなく終わったのはそなたの功績だ。公の場に崩れた屍を晒しては皇族の威信にかかわる。褒めてつかわそうぞ」
「恐縮です。ひとかたなりと御役にたてましたこと、身にあまる幸甚でございます。さながら祭祀のような葬礼でしたね。とくに輦輿は素晴らしかった」
如珂が微かに眉根を寄せる。
「輦輿などあったか?」
「ええ、ございましたよ。輦輿はひとりでには動きませんが、降る矢を一身に受けるのは輦輿ですね。担ぐものではなく」
紫蓮の言葉の含みを理解したのか、如珂は微笑をこぼした。
「あれは、棺桶であろう」
紫の眼をとがらせ、紫蓮は睫をふせる。
如珂は柴 綜芳が担がれただけであることを知っていた。知って、暗殺を命じたのだ。
「失礼を。いかにも仰せのとおりでございます。あれは棺桶でございましたね」
いいながら、紫蓮は茶を飲む。
毒殺はおそれない。それに毒を盛るのならば、ふたりきりの茶会などではなく、毎月配給される甜茶あたりに毒をいれておけばいいだけだ。
「まことは」
茶杯を傾け、艶やかな唇を濡らしてから、如珂は続けた。
「誰もがなべて、棺桶のなかで舞う演者なのだ」
花散るがごとく静かな声だ。
「そなたは敏い姑娘だ。だが、口は禍の門という。語りすぎぬことだ」
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