86 宮廷という匣の底でうごめく陰謀
後宮は黄昏を過ぎても賑わっていた。
二日振りに後宮に帰ってきた紫蓮は燈火の群に眼を瞬かせた。
「後宮の外はよかったねえ。宵の帳が降りたら、ちゃんと暗くてさ。後宮は目映すぎていけない。満ちた月まで、あんなにかすんでいるよ」
「星もずいぶんと遠いですね」
水銀をつかった薬は官舎にはおいておけないため、離宮まで荷を置きにいくことになった。廻廊を渡り、橋を越えて、昏いほうに進んでいく。離宮につくころにはあたりは静まりかえって、星の瞬きがおりてきた。
「ただいま」
死骸たちに声をかけていると、絳が「紫蓮」とあらたまって声をかけてきた。
「柴 綜芳の死は宮廷による暗殺だと、あなたはもとからわかっていましたよね」
紫蓮が睫をふせた。
「なんで、そう、おもったのかな」
「靑靑が依頼を報せにきてくれたとき、あなたは異様に落ちついていた。皇太妃から依頼がきたら、ふつうは戸惑います。ですが、あなたは動じることなく、今度は誰が死んだのかと尋ねた――あれは」
「僕が呼ばれるところにはかならず、屍がある。だから、尋ねたまでだよ」
「そう、依頼がきた段階で死があったことはわかっている。なのに、わざわざ「誰が」なんていうのは変だ。これまでも皇族の死が繰りかえされてきたから、でしょう?」
荷ほどきをはじめながら、紫蓮は唇をひき結んだ。風が渡り、燈火がざわめく。
「衛官たちのいやがりようは尋常ではありませんでしたよ。妖妃の護衛につくのならば、せめて遺書を書かせてくれとまで言いだす有様でした。あとから尋ねたところ、春の終わりに妖妃が宮外に派遣されたときに護衛役を勤めた衛官が死んだのだとか。死の穢れが、と喚いていましたが、違いますよね?」
春に皇帝の遠縁に紫がかった眼の男児が産まれた。
だが、生後一ヶ月も経たず、母親とともに命を落としてしまった。病死だといわれていたが、検視したところ、あきらかに毒殺だった。
紫蓮は横たわる親子の屍に「毒か、くるしかっただろうね」と語りかけた。衛官はそれを聴いてしまった。おそらくは、後からそれを洩らしたのだろう。
結果、衛官は処分された。
紫蓮は語られたかぎり、語る。だが、彼女が語ったことで、死に到るものがいることに呵責がないわけでは、なかった。
「紫蓮」
紫蓮が薬を片づけていた棚に腕をそえて、絳が覗きこんできた。
「いかに危険なことでも、私には隠さないでください。……道連れにしてくださるのでしょう」
責めているのではない。縋るような眼をむけられ、紫蓮は張りつめていたものがきれたように微苦笑する。降参の旗をあげるかわりに彼女は喋りだす。
「昨年から、皇族の血脈を持った男が続々と横死している」
絳は眉の端を、微かに動かした。
「とくに紫がかった眼を持った男が、だ。柴綜芳は火種だったが、そうでなくとも、じきに暗殺されていただろうね」
「幼帝より、紫の眼をした男がいてはならないということですか」
幼帝を支持するものが動いているとしても、皇帝の血脈を根絶しようとするかのような連続暗殺は異様というほかになかった。
「先帝の御子、つまりは直系の皇族というのは、現皇帝ひとりしかいない。なにをそこまでおそれているんだろうね?」
「余程に臆病なのか。どうにも引っ掛かりますね。先帝の頓死と一連の皇族暗殺がつながっているとしたら」
絳が考えこむ。
「先帝よりもさきに殺されたものがいるか。まずはそれを調べるところからはじめたらどうかな。物事はなんでも端緒をつかめば、ほどけるものさ」
宮廷の底の底まで腕を差しこんで、なにがつかめるか。
腕ごと喰われるかも知れず。それでもここまできたら、臆してはいられなかった。ふたりとも、すでに命を狙われている身だ。
揺れる火を睨みつける絳の眼差しは、強い。
すでになにか推察がついているのではないかとおもったが、彼はそれいじょうは語らなかった。
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