↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/137

79 男の願いは棺に櫛ひとつ

「大家《たいか》から遺書を預かった」


 皇族ともなれば、いつなにがあってもいいよう、信頼できるものに遺書を預けておくものだ。ほとんどは遺産等にかんすることだが、側近である戒韋《カイイ》に宛てられた別紙があったという。


「納棺するときはこの櫛《くし》をともに収めてほしいと」


 銅の櫛を差しだされる。勿忘草《わすれなぐさ》の彫刻が施されていた。

 紫蓮《シレン》は微かに眼を見張る。


「……わかっている。男が、櫛を副葬《ふくそう》するなんて妙におもったんだろう」


 埋葬する時、屍《いたい》と一緒に納棺する物を、副葬品《ふくそうひん》という。

 故人の愛惜《あいせき》の品物や身分を表すもの、あるいは死後の旅で役だつ路銀、馬の像などを収めることもあった。男の副葬品は刀剣、玉佩《ぎょくはい》、あるいは釉薬《ゆうやく》の施された器などだ。櫛、簪や笄、耳飾り等の装身具は女の副葬品だった。


「いいや、ちっとも変だとはおもわないよ」


 戒韋《カイイ》はあからさまに安堵した様子をみせた。他でもない彼が、どこかで恥ずべきことだとおもっていたのだろう。


「よほどにたいせつなものだったんだね。誰かからもらった櫛なのかな」


 言うべきかどうか、ひと握りの葛藤を覗かせてから、戒韋がつぶやいた。


「俺が、差しあげたものだ」


「へえ」


 意外だった。好《す》いた女にならばともかく、彼があるじにたいする贈り物に櫛を選ぶ男にはみえなかったからだ。


「大家が幼学《ようがく》(十歳)になられた誕生日にご両親が大家を連れて、都にお出掛けになられた。殿下は大家に「欲しい物はあるか」と尋ねられた」


 殿下ということは柴《サイ》 綜芳《スオウ》の父親のことか。先帝の弟だ。確か、柴《サイ》 蘇朴《ソボク》といったか。噂によれば、武官として功績をあげたとか。


「殿下は息子に剣を与えるよい機会だと考えておられたらしい。だが、大家は剣ではなく、細工の施された櫛《くし》を欲しがった」


 紫蓮《シレン》が微かにため息をついた。どうなったのか、想像がついたからだ。


「殿下はたいそうお怒りになられた」


「そうだろうね」


 男はこうあるべき、女はこうあるべきという縛りは幼少から始まるものだ。親は息子に男を強い、娘に女を強いる。あげく、親がきめた道を進まなければ、恩知らずだの、期待を裏切っただのと責めたてるのだ。

 幸せのかたちまできめつけて。


「大家は眼を腫らして、泣き続けていた。せっかくの誕生日だったのにな。俺はそれがおかわいそうで」


 さながら兄貴分だ。 綜芳《スオウ》は享年二十一歳、戒韋《カイイ》は三十六歳になるのだとか。十五歳差ということはその頃から養育係もかねて側にいたのだろう。


「大家が欲しがっておられた櫛を、後から手に入れて、こっそりとお渡しした」


「それが、この櫛なんだね」


「もう、とっくに処分されたとおもっていたんだが」


 戒韋が苦笑する。彼に逢ってからはじめてみた、心からの笑みだった。

 高値《こうじき》な物ではあるまい。だが、綜芳は十年経っても、この櫛をだいじにしていたのだ。


「想いかえせば」


 櫛を握り締めた戒韋《カイイ》の手が震える。


「大家《たいか》は幼い時から変わらず、争いを好まない穏やかな心根の御方だったのに。俺が、追い詰めたから、こんな」

お読みいただき、ありがとうございます。

「続きが楽しみ」「おもしろい」と感じていただけたら「いいね」「ブクマ」「お星さま」をつけていただければ、作者がもれなく喜びの舞を踊ります。

今後とも応援していただければ嬉しいです(*^^*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。