8 後宮丞は埋葬された罪をあばく
ちょっぴり「ざまぁ」です。
「大理少卿はどちらに」
宮廷に戻った絳は大理少卿を捜していた。
書庫室に、と教えてもらい、絳は慌ただしく六部舎のなかを移動する。大理少卿は書庫室で煙草を喫いながら麻雀をしていた。而立(三十歳)なかばの男だ。父親が大理寺卿であり、親の推挙で大理少卿の官職に就いたが、有能かといわれたらそもそも働いているところをみたことがない。
偶然をよそおって、近寄っていくと、大理少卿のほうから声をかけてきた。
「やあやあ、刑部丞ではないか。おっと、いまは後宮丞だったか」
大理少卿はずいぶんと酔っている様子だ。酒臭い息を吹きかけられても、絳は眉の端も動かさずに袖を掲げた。
「どうだ、後宮丞。一緒に飲みながら、賭けごとでもしないか」
「たいへん嬉しいお誘いですが、仕事が残っておりますので」
「左様か。人定(午後十時)も過ぎたというのに、慌ただしいことだなぁ」
「ええ、異動したばかりなもので、朝から晩まで休みなく後宮をかけまわっております。大理少卿はお変わりないようで」
「まあな、私ほどになると些事で動かずとも、どうんと構えておればよいからな。功にもならぬ事件に振りまわされ、どたばたとかけずりまわる身が哀れでならんよ」
「恐縮です」
絳が愛想笑いをかえす。
「だがなあ、君のことは、非常に残念におもっているのだよ。君ほど有能なものが後宮にまわされるなど」
ぴくりと絳の秀眉がわずかに跳ねる。
「後宮への異動は左遷だとお考えですか?」
「違いないだろう? 刑部丞にまでなったものがやるような役職ではない。後宮にいるかぎりは、今後の昇進は見こめんだろう。まあ、姜家のものにはふさわしい役職かもしれないがな」
大理少卿があきらかな嘲りを浮かべた。
「そもそも、姜家の産まれで、刑部丞まで昇進できたのがおかしかったのだ。そう考えれば、いまくらいが身のたけにあっているのではないか、はははっ」
氏族を侮られても、絳は微笑を崩さなかった。
「さすがは大理少卿です。仰るとおり、新たな職場のほうが、姜家の私にはあっているように感じますね。とても血腥い職場なもので。今しがたも、とある事件の再調査をおこなっておりました。まあ、地道な聞きこみ調査ですよ。貴公が仰るようにどたばたと地をかけずりまわって、女官たちの証言を集めていました。なんでも黄妃が女官に突き落とされ、殺害されたそうで」
麻雀牌を摘まんでいた大理少卿の指がとまる。
「でも、不可解でしてね。黄妃は扼殺されたあと、高所から投げ落とされているのです。女官にそんなことができるでしょうか」
「っ……そ、それは妙だな」
「ええ、それで聞きこみを続けた結果、大勢の女官たちが現場で大理少卿の姿をみたと。青い顔をして階段をかけおりていったとか」
絳が尋ねれば、女官たちはおずおずと喋りだした。彼女たちの表情からは、やっと真実をいってもいいのだ、という安堵の色が見て取れた。
「まあ、それだけでは、偶さかにその場を通りがかられただけかもしれませんが――大理少卿は黄妃を妻に――と度々逢いにむかわれていたそうですし」
「そ、そうだ。実は、こ、黄妃が突き落とされるところをみてしまい、それで」
「それではなぜ、大理少卿は黄妃の宮にはいなかったと証言されたのですか? 現場にいた非常に有力な証人だというのに」
大理少卿が牌を取り落とす。
慌てて牌を拾おうとした大理少卿の腕を、絳がつかむ。
「黄妃は頚を絞められたときに抵抗し、爪で犯人の腕を酷く掻きむしったそうです。なので、犯人には傷が残っているはずなんですよ。ですが、拘禁されている女官に傷はなかった」
大理少卿の袖をひと息にめくりあげる。
腕の掻き傷があらわになった。ともに麻雀をしていた官吏たちが、ぎょっとしたように息をのむ。
「こちらの傷、どうなさったのか、詳しくお尋ねしても?」
大理少卿は椅子を蹴り、唾をまき散らして喚きだす。
「ね、猫だ! 庭にいた猫にやられて――」
「ご懸念ありませんよう。医官に確かめさせれば、猫の爪によるものか、はたまた女の爪によるものか、すぐにわかりますよ。大理少卿が冤罪を被らないためにもご協力のほど、お願いいたします」
ざわめき始めた書庫室から、絳は大理少卿を連れだす。
証拠がないかぎり、逮捕はできない。だから、高官に容疑がかかるくらいならば、そもそも調査をしない。証拠も捜さない。
それが省のやりかただ。
だが、裏をかえせば、証拠さえつかんでしまえば、糾問できるということだ。
絳の双眸の底に昏い火が燃える。
権力者たちの強いる不条理を、姜絳は強く怨んでいた。
お読みいただき、ありがとうございます。
死化粧妃の推理と官吏の再捜査によってひとつ、罪があばかれました。ですが、そう、ひと筋縄ではいかないようで……引き続き、楽しんでいただければ幸いです。
続きは10日19時頃に投稿させていただきます。