74 先帝崩御の経緯と異様な死
絳は宮廷に帰還するなり、まずは刑部庁舎にむかった。
柴綜芳の死は自害ではなく、殺害の危険性がある――捜査の許可を取れないか、申請するためだ。
柴氏は皇族だ。皇帝の認可がなければ、公的な捜査はできない。
申請が承認されるのを待ちながら、絳は後宮での職務に専念する。今日のうちに処理するべき案件を終えた時には日が落ちていた。紫蓮のもとにむかうべく馬を借りようとしていたところ、伝達係に声をかけられた。
「韋尚書がお待ちです。刑部の尚書室にお越しください」
認可がおりたのだろうか。
絳はただちにひきかえす。
「お呼びでしょうか」
尚書室には相変わらず、筆録や書物が堆く積みあがっていた。豊かに蓄えた髭をなでつつ、書に官印を捺していた老人が几から視線をあげる。刑部尚書の韋菟仙だ。
「残念な報せじゃ」
韋は哀れむように眉をさげた。
「捜査の許可はおりなかった」
「そんな。なぜですか。皇族が殺害されたかもしれないというのに」
絳が喰いさがる。
「自害したのであれば、事を荒だてずに終えることができる。じゃが、事件ともなれば大事になる」
そこまでいって、菟仙は声を落とした。
「先帝陛下が崩御されたときにも暗殺の疑惑があがった。そなたは知っておろう」
五年前の中元節のことだ。
この祭は祖霊のために祷り死の穢れを浄めるというもので、先帝は祭壇にあがって祈祷を執りおこなっていた。
祭壇の警護をしていた絳が異変を感じたのは、先帝の背が嗤いをこらえるようにふるえだしたときだ。腕や脚がいびつにひきつり、憤怒、歓喜、悲嘆、怨嗟――あらゆる感情がいっせいにあふれたように先帝の竜顔が崩れた。痙攣しながら先帝が後ろむきに倒れていくその様を、絳は遠くから眺めているほかにできなかった。
想いだすだけでも、身の毛がよだつ。感傷を振り切り、絳はこたえる。
「三司から医官までもが捜査に加わり、毒殺ではないか、検証されたと伺っております」
絳は刑部丞だ。第三官では皇帝にまつわる捜査に加わることはできない。だから、先帝崩御のさいにどんな捜査がおこなわれたのかは知らないが、結果としては毒殺ではなく、中風による頓死として扱われた。
中風とは頭に風がまわることで兆候もなく死にいたるもので、言語障害や麻痺をともなうと考えられている。
「他聞をはばかる話だが――中風の死はとある毒の症状と似ておる」
お読みいただき、ありがとうございます。
作中にある《三司》とは大理寺、刑部、御史台のことです。大理寺が裁判所、刑部が法務省、御史台が検察庁といわれています。
中風は脳卒中の昔の言いかたです(*^^)
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