73 妖妃、推理する
引き続き、推理回です
(めっちゃ遅刻しました、申し訳ございません)
「そうか、窓だ。嵐がきたら、ふつうは窓に錠をかける。とじるだけでは風にあおられてひらいてしまいますからね。ですが、房室の窓には錠がかかっておらず、雨風が吹きこんでいた痕があった」
「そうなると柴 綜芳が殺されたとき、まだ嵐はきていなかったということになるね」
誰だって殺されそうになったら、なりふり構わずに抵抗する。助けをもとめて声をあげたり物が倒れたりするはずだ。
だが、一階にはとくに変わった音は聴こえていなかったという。
「彼の喉もとには、縄を解こうと掻きむしったあともなかった。思いつめての自害にしても、大抵は呼吸ができなくなると錯乱して咄嗟に縄をはずそうとするというのにね。おおかた、腕を拘束されていたんじゃないかな。縄の痕はないから、こう、はがい締めにされていたとか」
「だとすれば、彼を殺害したものは複数人いたと考えるべきですね。しかも、音もたてずにそれだけのことをできるということは」
「そうだよ。とてもじゃないけど、素人じゃ無理だね」
暗殺という言葉が頭を過ぎる。
私欲や私怨による事件ならば解決するのはかんたんだ。捜査をして証拠を捜し、犯人を捕らえて裁けばいい。だが、暗殺においてはそうではなかった。
様々な思惑が絡みあい、裁くべきものを捜すことも難しくなる。
その時だ。階段をあがってきたものがいた。ふたりは会話を切りあげる。
あけるだけの勇気は持てなかったのか、戸を挿んでおずおずと女官が声をかけてきた。
「姜 絳様はおられますか。宮廷からご連絡があり、昼頃までには宮廷にご帰還くださいとのことです。死化粧妃様の護衛は玄 戒韋が責任をもっておこないます」
「……は、まったく人遣いが荒い」
絳は女官には聴こえないよう、声を落として低くつぶやいてから、なるべく愛想よくこたえる。
「承知しました。ただちに参ります」
髪を掻きあげて、絳は紫蓮を振りかえる。
「紫蓮。宮廷での務めを終えたら、すぐにあなたのもとにかけつけますから。心細いとはおもいますが、待っていてくださいね」
「きみがいなくとも、これといって支障はないよ?」
「なにをいっているのですか。昨晩だって、殺されかけたではありませんか。あの武官ではあなたを衛れません」
「ああ、……そっか。そうだったね」
紫蓮は睫をふせる。諦めが漂ったその目線から絳は紫蓮がなにを考えてるのか、察しがついてしまった。柴 綜芳を襲ったような敏腕の刺客ならば、絳が側にいようと一瞬の隙をついて紫蓮の命を絶てるだろう。
ほんとうは理解っている。
ふたりとも、いつ殺されるかもわからない地獄に身をおき続けているのだから。
「紫蓮」
絳は膝をついた。腕を差しだす。艶やかな髪に触れる。ちょっとでも紫蓮にいやがる素振りがあれば、退くつもりだったが、紫蓮は拒絶せずに受けいれた。絳は紫蓮の髪を梳きながら、誓いを囁きかける。
「なにがあろうと、あなたのことは私が衛ります。あなたは葬る側だ。葬られる側にはまだ、なってはいけない」
「ふ」
諦めに凍てついていた紫蓮の眼が微かに緩む。
「約束したからにはできるだけ、早く帰ってきておくれよ。待っていてあげるからね」
お読みいただき、ほんとうにありがとうございます。
皆様のお陰様で連載を続けることができています。いまは締切に追われていますが落ちついたいただいたご感想に返信させていただきますので、お待ちいただければ幸いでございます。





