72 彼女の眼は嘘を見破る鏡
推理回です!
「戒韋、ですか?」
綜芳の屍の第一発見者は玄 戒韋だ。平旦(午前三時)という時刻に房室を訪ねるというのも不自然な話で、絳は真っ先に玄 戒韋を疑っていた。
「それはもう、微笑ましいくらいに。彼は綜芳様が幼少の頃から御側につかえていたので、齢が離れた御兄弟のように睦まじくて。あ、これは不敬にあたるかもしれないので、内緒にしておいていただけますか」
「承知しました」
安堵させるように絳はにっこりと微笑みかける。
「でも、昨晩はおふたりのあいだで言い争いがあったみたいで。綜芳様はご夕食も食べず、房室からでてこなくなってしまって」
「なにがあったのでしょうね」
「さあ、そこまでは。ただ、戒韋はとても落ちこんでいました。だから、たぶんですが、彼は綜芳様のもとに謝りにいったのだとおもいます。そうしたら、あんな」
女官は身を震わせる。
「ご遺体は玄 戒韋が発見したのだとか」
「平旦(午前三時)だったとおもいます。真っ青になった戒韋が「大家が死んでいる」と大声をあげていて。日頃から冷静な戒韋があんなふうに取りみだすなんて。戒韋まで後を追うんじゃないかと案じています」
それほどまでにふたりは親しかったのか。
だが、人間の腹はわからぬものだ。睦まじげによそおっていたが、じつは憎んでいたということも――絳はそこまで思考を廻らせてから、自分も宮廷特有のどろどろとした関係にそまってきたなとひそかに失笑する。
「ごめんなさい、こんな話をしてしまって」
「お気になさらず。心細かったことでしょうね、おかわいそうに」
できるかぎり、親身になって振る舞う。
「なにかあれば、遠慮なく仰ってくださいね。私は刑部丞に任命されている身です。きっと御力になれるはずですから」
「あ、ありがとうございます」
手を握ってやれば、女官は瞳を潤ませて安堵したように頷いた。しばらく待ってから湯桶を預かり、房室に戻る。
「ずいぶんと遅かったじゃないか。なにかあったのかな」
「すみません、玄 戒韋について調べていたもので」
絳は女官から聞いたことを、紫蓮に伝達する。紫蓮は清拭を進めながら耳を傾けていたが、聞き終わったところで言った。
「きみは玄 戒韋のことを疑っているんだね。でも、僕は違うとおもうよ」
「なぜですか。柴 綜芳を抱えあげ、縄にかけるには筋力が要る。女官には無理だ。武官である彼ならば、可能でしょう。しかも、信頼されているため、平旦(午前三時)という時刻に房室を訪れてもまず疑われることがない」
絳は力説する。
「現段階でもっとも疑わしいのは彼です」
「例えば、だよ。綜芳を縊死に見せかけて殺害したとして、わざわざ平旦(午前三時)なんて時刻に大騒ぎするかな? 朝になって、声をかけにいったら死んでいた――というほうがよっぽど自然だよ」
紫蓮の眼が透きとおり、水鏡のようになる。
絳は彼女の眼に微かな畏怖を感じる。奇麗なものはおそろしいのだと、絳は紫蓮に逢ってはじめてに知った。
あれは真実のみを映す鏡だ。
「玄 戒韋は嘘をついてはいないと?」
「ちょっと違うかな。嘘をつけない男なんだよ、彼は」
信頼しているわけではない。ただの事実だとばかりに紫蓮は言いきる。
「落ちついて考えてごらん。柴 綜芳を害したのが邸の者だとはかぎらないよ。僕を襲った刺客だって、宦官に紛れていたわけではなく外部から侵入していたわけだ。後宮ならばいざ知らず、こんな邸に侵入するのはかんたんなことだろうね?」
絳は思考を廻らせて、あることを思いだす。
お読みいただきありがとうございます。
皆様からいただく「いいね」「ご感想」「お星さま」「ブクマ」を励みに、毎日連載を続けさせていただいております。今後ともやすまずに連載を続けて参りますので、引き続き応援いただければ幸いでございます。





