7 屍はまだ眠れない
招かざる客が帰り、離宮はしんと静まりかえっていた。
紫蓮は剥きだしになっていた黄妃の眼に指をそえて、瞼をおろす。
「つらかったね。ゆるりとお眠りよ」
続けて、紫蓮は水桶を持ってきた。
硬く絞った帛で、黄妃の肌についた血潮を拭き、髪にまとわりついた汚れを濯いだ。もうひとつの女官の屍の死化粧も途中だが、あちらはすでに洗い清め、傷まないように処理をしてある。
そうなると、さきにするべきは黄妃の屍の処置だ。
屍を清めていく姑娘の手つきはいたわりに満ちている。
「ずいぶんと変わった官人だったね。たいていの官人は、僕なんかとは喋ることもいやがるものだというのに。興が乗って、ちょっとばかり喋りすぎてしまったよ」
櫛で髪を梳きながら、紫蓮は独りごとをつぶやいた。
「聴かれたら語るのが筋というものだからね」
屍は語るものだ。
いつ、どうして、いかなる死にかたをしたのか。恨んでいるのか、嘆いているのか、悔やんでいるのか。詳らかに教えてくれる。
彼女らは静かだが、雄弁だ。そして、嘘をつかない。
紫蓮はこれまで屍たちの訴える真実を官吏たちに語ってきたが、耳を傾けようとするものはいなかった。
それにたいする憤りはない。
端から、そういうものだと諦めているから。
紫蓮は清拭を終え、髪を洗うにあたって外しておいた黄妃の耳飾りをつけなおす。耳飾りは左側にひとつだけ。
「耳飾りのかたわれは、例の女官がもっているのだろう?」
後宮丞の視線が教えてくれた。
彼は耳飾りをみつめ、なにかを想いだすように眼を動かした。そろいの耳飾りをみたことがあるという証だ。
「まあ、でも」
諦めを滲ませて、紫蓮は微笑む。
「けっきょくは話を聴いただけで終わるだろう。僕はそれでも、構わない。構わないことだけれどね」
死刑が確定した罪人とは面会できない。後宮丞はそう言った。
「もっとも冤罪だとわかり、彼女が放免されれば、話は別ですが――」
最後につけ加えた言葉には妙な含みがあったが、再調査したところで大理少卿を摘発することは難しいだろう。
そもそも、再調査しても、彼に利得がない。
宮廷は収拾した事件の真実を剔抉して、真犯人を逮捕することが功績となるようなところではなかった。
女官を死刑に処したほうが大理少卿に瑕をつけるより都合がいい。省がそう考えたからこそ、現場にいたというだけで女官は殺人の罪をかぶせられた。大理少卿をみたものがいるかどうかは、はじめから調査もされなかったはずだ。
不条理だが、のみこむほかにない。
「ゆううつ、だねぇ」
紫蓮は濁った水桶にひとつ、ため息を落とした。
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果たして女官の冤罪は晴れるのか。
続きは9日19時頃に投稿させていただきますので、引き続きお楽しみいただければ幸いです。
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