61 死は葬られるべきだ
恩義を感じている。それは事実だろうとおもった。
だが、それだけでは、ない。
彼の先帝にたいする想いはゆがんで、もつれている。紫蓮にむける愛という言葉と一緒だ。
「は、はは……あいかわらず、敏いひとだ」
絳は唇の端をゆがめ、乾いた嗤いをこぼした。
「私はね、終わらせたいのですよ」
強い風が吹き、花の香と血臭が絡まりあいながら、あたりに漂う。噎せかえりそうな旋風のなかで、絳は呪詛めいた言葉を喀いた。
「陛下が崩御しても、終わらせることのできなかったものがある。それを怨嗟というならば、そうなのでしょう」
死は、終わりではない。
葬ってこそ、終わらせることもできる。
「あなただって、終わっていないくせに」
絳が嘲笑うように袖を拡げる。彼は紫蓮の頚にむかって真っ直ぐに腕を伸ばし、細い喉をつかむぎりぎりまで指を寄せた。
紫蓮は動かない。
動けなかった。
「僕、は」
暗雲を裂き、雷が落ちる。
凄まじい地響きが押し寄せてきて、絳は我にかえったように腕から力を抜く。
ひとつ、瞬きを経て、絳がいつもどおりに微笑を投げかけてきた。
「こちらの後始末はまかせてください」
刺客のことだとすぐにわかった。張りつめていた緊張の糸が、弛められる。紫蓮は刺客の屍に視線を落として、眉の端をさげた。
「頚を、つないであげてもいいかな」
「刺客ですよ。あなたを殺すつもりだった」
「だとしても、だよ」
誰かに命令されただけだ。刺客に罪があるわけではない。
「ふふ、あなたらしいですね。残念ですが、刑部省で調査するときに修復のあとがあってはならない。いまはこらえてください」
絳が背をむける。いま、声を掛けなければ、今度逢ったときには彼はこの晩のことなどなかったように振る舞うだろう。
終わらせたい、といった絳の言葉が、鼓膜の底で繰りかえされる。
ああ、そうか。終わっていなかったのだ。
だから、紫蓮はまだ、ふたりの死に呪縛されている。
葬らないかぎり、永遠に。
死は、葬られるべきだ。
紫蓮は眦を決する。
「――先帝の死が暗殺だったと証明する、だったかな。いいよ、きみからの依頼を受けよう」
絳が眼を見張って振りかえる。
雷鳴が轟いて篠突く雨が降りだす。頬を敲かれながら、紫蓮は雨の幕を破るように声を張りあげる。
「先帝の死なんかは、僕にとってはどうでもいいことだよ。でも、ひとつだけ、不可解なことがある」
皇帝を愛した母親。紫の双眸に皇帝を重ねていたのだとしても、彼女からもらった愛が、紫蓮をこれまで育んでくれた。
愛していた。愛されていたのだ。
だが、母親は殺された。
「先代の死化粧妃は皇帝と同じ死にかたをしたんだよ。頬をひきつらせ、唇をねじまげ、眼を剥いて――顔があとかたもなく崩れて、死んだんだ」
宮廷の裏には底のない闇がある。真実を柩の底に隠して、冥昏のなかで蠢き続けているのは果たして、誰の思惑か。
紫の眼が、嵐のなかでひらめいた。
「一緒に暴いて、葬ろう――姜 絳」
…………
……
弾ける雷雲のかなた、誰にも知られず、明星があがった。
ここまでお読みくださった皆様に御礼申しあげます。
これにて第二部完結となります。楽しんでいただけましたでしょうか?
第三部の連載再開は11月3日(金)を予定しておりますので、ブクマをつけてお待ちいただければ幸いでございます。
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