6 誰が知更雀(コマドリ)を殺したのか
「死の穢れということばがあるけれどね、死に穢れは、ないよ。だが、穢された死というものはある――」
紫蓮は微かな愁いを漂わせた。
いずれにしてもだ。紫蓮の検視によれば、黄妃は転落死ではなく、扼殺ということになる。
絳は乾いた唇を微かに舐めてから、こう尋ねた。
「ですが、大理少卿が黄妃を殺したという証拠はない、そうですね? 大理少卿は、黄妃の宮にはいなかったと、証言しているわけですから」
紫蓮はそれにはこたえず、おもむろに黄妃の腕を持ちあげた。
屍を扱う彼女の手振りはやさしく、愛しむような艶がある。黄妃の指の先端をひとつひとつ、舐めるように確かめていった。
「ああ、やっぱりね」
黄妃の爪のなかに残っていたものを、白紙にだす。
乾いているが、血の塊だ。
「頚を絞めあげられたとき、かなり抵抗したんだろうね。爪はか弱い女の武器だよ。彼女を殺めたものには、さぞや酷い傷が残っていることだろうね?」
「は……」
絳は胸のうちに湧きたつような歓喜をおぼえ、唇の端があがるのを感じた。だがこれは、知られてはいけない欲だ。咄嗟に口許を覆って、嗤いをごまかした。
「……参考になりました。依頼は黄妃の遺体の修復です。これでは遺族にひき渡すのも難しいもので」
「ああ、そうだったね」
裙のすそに施された蓮を咲かせて、紫蓮がふらりと窓べにむかった。
「でもまずは、死化粧を施すにあたって、彼女の死をもっとも悼むものが、どのような葬りかたを希望するのかを聴いておきたい」
「希望、ですか? 希望といわれましても」
あらためて、屍に視線を落とす。熟れて、落ちた果実のような酷い損傷だ。ひとらしいかたちだけでも、復元できれば充分だとおもうのだが――
「彼女はどんなふうに微笑んだのか。なにを喜び、なにを愛し、いかに愛されてきたのか、知りたい」
絳には知るよしもないことばかりだ。それどころか、屍を修復するのに不要なことばかりに聴こえる。
「黄妃の遺族は都におられますので、連絡することは、可能ですが」
「いいや、違うよ」
怪訝げに眉根を寄せる絳にたいして、紫蓮はなにもかもを視透かしているような瞳で微笑む。あるいは試すような眼差しで。
「遺族ではなく、投獄されている女官に逢いたいのさ」
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