56 妖妃、首を受け取る
生首の描写があります(描写は少なめです)
ご注意ください
命婦の葬礼から五日が経った。
あれから依頼もなく、紫蓮は暑さにだらけながら離宮にひきこもっていた。離宮は後宮の北側にあって、日があたらず夏でも寒々しい風が吹くことがあるが、これだけの酷暑が続いていると日陰だろうと暑いものは暑い。
「釜茹でにでもなっているきぶんだよ……ううっ」
風鈴が音を奏でる。客だろうか、といっても離宮に尋ねてくるものなんか、ひとりだけだ。
「紫蓮、依頼が、って……とけてませんか?」
「あぁ、みてのとおりだよ、暑くてね……」
房室の日陰に伸びていた紫蓮が、ぱたぱたとやる気なく袖を振る。
「塩をかけられたなめくじかとおもいましたよ」
「あれって水分を奪われて縮むだけで、そうそう死ぬまではいかないらしいよ。水をかけたら元通りさ。だから、なめくじのほうがまだ、僕よりはげんきだとおもうよ……」
「真剣にくらべないでくださいよ」
「僕は、とうに死にかけているからね。片脚どころか、棺桶に頭からつっこんでいる」
「あなたがいうと、しゃれにならないですね」
絳が苦笑いを織りまぜたため息をつきながら、紫蓮のもとに寄ってきた。桶を提げている。それだけで紫蓮には察しがついた。
「頚だね」
「左様です。残りは荷車に乗せて、廊においておきました。頚を縫いつないで、復元していただけますか」
紫蓮はもそもそと起きあがり、桶から頚を取りだす。
「斬首か。でも、復元の依頼ということは罪人ではないね。おおかた、草賊に捕まって殺された官吏、かな」
草賊とは宮廷、強いては皇帝に反旗をひるがえした賊軍を表す。
「ご明察です。あなたの推理はもはや妖術のようですね」
斉の宮廷が塩の密売を取り締まったところ、都で密売者たちによる暴動が勃発したという。
彼らは役人を捕らえて頚を落とし、密売を禁ずるならば職を失ったものたちに官職を与えろと訴えた。斉はこれにおうじず、官軍をむかわせて暴動を鎮静化させた。
「都では昨今、反乱が頻発しています」
「民はそんなに貧しいのかな」
「豊かではありませんね。ですが、貧しくはない。終戦から百年が経ち、争いにたいする恐怖心がなくなり、不満のほうが膨らんできたというのもあります。それと――」
言いかけて、絳は言葉を濁らせた。
「先帝だね」
絳は苦笑する。
「左様です。祟りじみた先帝の崩御が噂を掻きたて、民の反政意識に拍車がかかった」
政が乱れていたせいで先帝は変死した、という絶好の口実を与えてしまったわけだ。
「とはいえ、先帝が御存命の時から反乱はありました。まして、昨今のような浅はかな騒擾ではなく、思想を持った武官、文官による反逆だったため、被害は甚大でした」
「紫巾の乱だね。確か八年前だったかな」
草賊がそろって紫の頭巾をかぶっていたことから、その称がついた。
「あのときは宮廷のなかにまで、賊徒が傾れこんできたとか。発端はなんだったかな」
「天候不順です。旱が続き、とくに南部の農地では実りがなかったため、先帝陛下は大幅に減税するとお決めになられたのですが、使者の役割を担っていた宦官が農民には減税のことを報せなかった。農民から過度に巻きあげたあと、減税した額を収めて、残りは懐にいれていたとか」
「酷い話だねぇ」
「農民は冬を越えられぬと一揆を結びました。時をおなじくして、先帝陛下が宦官に官職を与えていることに反発していた士族出身の官吏たちが農民と手を組み、宮廷を奇襲できるよう、農民たちを誘導した。結果、大勢の官吏、妃妾が命を落とす事態になりました。陛下はみずからの責だといって、紫巾の乱で絶命した全員を懇ろに葬りました」
「そうか。だからだったんだね」
紫蓮は喋りながら、針に糸を通す。
「紫巾の乱が鎮静してから、斬首された屍が続々と母様のもとに運びこまれた。三百は越えていたかな。埋葬するにあたって頚をつないでやってくれと」
斬首は人道を重んじた死刑だ。
一撃で頚を落とせば苦痛も続かず、腸や排泄物をまき散らすこともない。よって斬首は身分ある士族の特権とされていた。
だが、先帝は農民にたいしても平等に情けをかけ、斬罪に処した。
されども、昔は斬首ほど残虐な刑はないと認知されていた。斬首された屍は死後、輪廻することができないという教えが根差していたからだ。名家ほど古い教えを信じるものが多い。斬首されたあとは遺族が賄賂を渡すなりして、頚をつないでから埋葬するのが慣例だった。
だが、農民の遺族にそんな銭はない。だから先帝が直々に動いたのだ。
「謀反というかたちであれ、斉を想うものを死後、冒涜するわけにはいかないというのが先帝の意でした」
微笑みながら、絳の睛眸が微かに陰る。
「人は平等であるべきで、不条理に人権を剥奪されてはならないと、日頃から語っておられたので」
紫蓮が母親に語られてきたとおりだ。先帝は弱者のための政を敷こうとしていたと。先帝は宦官、奴婢といったものたちを優遇した。
だが、乱の発端となったのは結局、強欲な宦官だった――
紫蓮はなんとも複雑な想いになって、話を切りあげる。
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