表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/137

47 死に逝くときだけは微笑まずに

紫蓮視点に戻ります

 したいを扱う姑娘むすめの指が青笹を摘み、舟を折る。


 廊子えんがわに腰かけて、紫蓮シレンは黄昏の風に吹かれていた。

 再調査からひと晩経ち、今朝がた 勇明ユウメイの有罪が確定した。これによって、紫蓮は死体損壊の罪が晴れ、離宮に帰ってきていた。


 ひと晩続いた嵐は朝になってやみ、穏やかな日暮れが訪れていた。


 離宮は後宮のはずれの林のなかにあるというのもあって、日が落ちるのが早い。離宮の裏手にある水路では宵の帳を待たずして、蛍の群れが舞っていた。青く燃ゆる蛍火がゆらゆらと水鏡に映る。


 紫蓮は哀悼の想いを乗せた青笹の舟を、水路に浮かべた。


一路走好(逝ってらっしゃい)


 流れていく笹舟を眺めつつ、紫蓮は遠き日に想いを馳せる。

 いつだったか、 琉璃ルリがこんなことを尋ねてきた。


三従さんじゅうって知ってるかしら? 家にあっては父親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従う――それが婦人のありかたなんですって」


 花が綻ぶような微笑みを振りまきながら、 琉璃ルリは振りかえった。


「ふふ、くそくらえっておもわない?」


 裙のすそが風を巻きあげて拡がる。

 琉璃がたいせつそうに胸もとに抱き締めていたのは書物だ。文官でも頭をかかえるほどに難解な経書である。舞も踊れず、歌も歌えず、筝も弾けず。そんな彼女がじつは文官と渡りあえるほどの知識と明敏さを持っていたことを、紫蓮は知っていた。


 彼女ならば、科挙試験でもかんたんに通るだろう。だが、勉強は男のもので、女は試練を受けることもできない。


「どうしても許せないことがあって、我慢できないときはね、誰もいないところにいってお腹の底から声をあげて叫ぶの。ばかやろう、くそくらえ、ってね」


 可愛らしい妃の唇から男も真っ青な罵声が飛びだす。


「ふふふっ、意外にすっきりするのよ」


 唇に指をあてて「内緒よ」と彼女は鈴のような声を奏でる。こんなときでさえ、彼女は微笑を絶やさない。そのことが、紫蓮はなぜだかとてもせつなかった。


 だからせめて、死に逝くときくらいは。


「あの」


 背後から声を掛けられて、紫蓮が振りむく。

 穏和な顔をした育ちのよさそうな宦官がたたずんでいた。


「きみは確か、 コウの……」


 絳が紫蓮のもとに依頼にきたとき、屍をみるなり悲鳴をあげて逃げていった宦官だ。


靑靑ショウショウといいます。妃を――あねを葬っていただき、ありがとうございました」


「そうか、きみが胡家の五男か。琉璃から話は聴いていたよ。家族のなかでも、きみだけが彼女にやさしかったと」


「姐が、僕の話を……そうでしたか」


 哀しいのか、嬉しいのか、ふたつの想いがせめぎあったように微苦笑をして、靑靑は視線をふせた。


お読みいただき、ありがとうございます。続きは今晩投稿致します。

まもなく(後五話くらい?)怒りの屍編が完結いたします。ですが二部はまだまだ続きますので、引き続き、お楽しみいただければ幸甚でございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ