47 死に逝くときだけは微笑まずに
紫蓮視点に戻ります
屍を扱う姑娘の指が青笹を摘み、舟を折る。
廊子に腰かけて、紫蓮は黄昏の風に吹かれていた。
再調査からひと晩経ち、今朝がた牟 勇明の有罪が確定した。これによって、紫蓮は死体損壊の罪が晴れ、離宮に帰ってきていた。
ひと晩続いた嵐は朝になってやみ、穏やかな日暮れが訪れていた。
離宮は後宮の端の林のなかにあるというのもあって、日が落ちるのが早い。離宮の裏手にある水路では宵の帳を待たずして、蛍の群れが舞っていた。青く燃ゆる蛍火がゆらゆらと水鏡に映る。
紫蓮は哀悼の想いを乗せた青笹の舟を、水路に浮かべた。
「一路走好」
流れていく笹舟を眺めつつ、紫蓮は遠き日に想いを馳せる。
いつだったか、胡 琉璃がこんなことを尋ねてきた。
「三従って知ってるかしら? 家にあっては父親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従う――それが婦人のありかたなんですって」
花が綻ぶような微笑みを振りまきながら、胡 琉璃は振りかえった。
「ふふ、くそくらえっておもわない?」
裙のすそが風を巻きあげて拡がる。
琉璃がたいせつそうに胸もとに抱き締めていたのは書物だ。文官でも頭をかかえるほどに難解な経書である。舞も踊れず、歌も歌えず、筝も弾けず。そんな彼女がじつは文官と渡りあえるほどの知識と明敏さを持っていたことを、紫蓮は知っていた。
彼女ならば、科挙試験でもかんたんに通るだろう。だが、勉強は男のもので、女は試練を受けることもできない。
「どうしても許せないことがあって、我慢できないときはね、誰もいないところにいってお腹の底から声をあげて叫ぶの。ばかやろう、くそくらえ、ってね」
可愛らしい妃の唇から男も真っ青な罵声が飛びだす。
「ふふふっ、意外にすっきりするのよ」
唇に指をあてて「内緒よ」と彼女は鈴のような声を奏でる。こんなときでさえ、彼女は微笑を絶やさない。そのことが、紫蓮はなぜだかとてもせつなかった。
だからせめて、死に逝くときくらいは。
「あの」
背後から声を掛けられて、紫蓮が振りむく。
穏和な顔をした育ちのよさそうな宦官がたたずんでいた。
「きみは確か、姜 絳の……」
絳が紫蓮のもとに依頼にきたとき、屍をみるなり悲鳴をあげて逃げていった宦官だ。
「靑靑といいます。胡妃を――姐を葬っていただき、ありがとうございました」
「そうか、きみが胡家の五男か。琉璃から話は聴いていたよ。家族のなかでも、きみだけが彼女にやさしかったと」
「姐が、僕の話を……そうでしたか」
哀しいのか、嬉しいのか、ふたつの想いがせめぎあったように微苦笑をして、靑靑は視線をふせた。
お読みいただき、ありがとうございます。続きは今晩投稿致します。
まもなく(後五話くらい?)怒りの屍編が完結いたします。ですが二部はまだまだ続きますので、引き続き、お楽しみいただければ幸甚でございます。





