46「躾ですよ」
「ざまぁ」回です!
「勇明様、飲みすぎではありませんか」
「構わん、もっとだ」
豪邸の一室で牟 勇明は飲んだくれていた。
散々だった葬礼から約一日が経ったが、妻の死に顔が頭から離れない。昨晩は一睡もできず、仕事も欠勤した。
「ほんとうにだいじょうぶ、ですよね」
酌をしていた妾が怖々と尋ねてきた。
「なにがだ」
「噂になっていて。奥様は旦那様を怨んでいたのではないか。だから、死後、呪いをかけたのではないかと……きゃあっ」
激怒した牟は卓を蹴りつけた。青磁の酒器が割れて散らばる。黄酒を被った妾が悲鳴をあげて、縮みあがった。
「なんだ、その碌でもない噂は! あれは死化粧師の失態だ! 呪いなどあるものか」
牟が妾の髪をつかんだ。
「なにが、旦那様を怨んでいた、だ。俺はでき損ないの妻を躾けてやっていただけだ。こんなふうに、な!」
牟は妾の頬を殴りつけた。
その場に倒れこんだ妾はごめんなさいと繰りかえして、泣き喚いたが、牟は勢いづいて背や腹を蹴りつけた。妾は腫れあがった頬をおさえ、這々の態で房室から逃げていった。
牟は妾を追いかけることはせず、ふんと鼻を鳴らした。
「女は三日殴らんと狐になるというからな! 感謝こそされても、怨まれるような筋あいはないぞ」
酔いがまわっているのもあって、牟は誰にともなく大声を張りあげる。
妻は器量だけはいいが、愚鈍な女で、病弱で子も産めぬときた。殴ろうが、怒鳴りつけようが、微笑んで頭をさげるばかりでよけいに癇に障った。
「離縁せずにいてやっただけでも俺は寛大な亭主だというのに――っおい、酒だ、酒を持ってこい!」
牟が怒鳴ったが、妾はおろか、女官もやってはこなかった。想いかえせば、朝から女官の姿を見掛けていない。
「つかえんようなら、まとめて解雇してやるからな!」
苛だって喚いていたとき、背後にある櫺子の戸がひらかれた。
「なんだ、遅いではないか……!」
女官だろうと振りかえれば、見知らぬ男がたたずんでいた。
官服に身をつつんだ若い官吏だ。文官か。連絡も取らずに欠勤したので、様子でも見にきたのだろうか。
「すみません、御声はかけたのですが」
官吏は物腰穏やかに微笑んでから、すっと真剣な眼差しになった。
「牟 勇明、貴殿には胡 琉璃に暴力を振るい、殺害した疑いがかかっています」
「な……」
思いだした。赤紫の官服は刑部省の制服だ。腰には剣と身分を証明する玉佩が提げられていた。
「後宮から下賜された妃を害することは、皇帝陛下にたいする侮辱とみなします。取り調べのため、刑部の庁舎まできていただけますか」
「なんだそれは! 言いがかりだ、俺が愛する妻を殺すはずがないだろう!」
「ですが、いまも妾に暴力を振るっておられましたね」
「っ……あれは躾だ! 男がちゃんと躾けてやらねば、女なんてものはすぐにつけあがる。身の程を教えてやらんと」
「わかりました。それがあなたのお考えなのですね。詳しい話は、刑部庁舎についてから伺いましょう」
官吏が牟に縄をかけようとする。牟は弾かれたように腕を振りまわし、抵抗した。
「お、俺を誰だとおもっている! 中都督だぞ、こんな不敬が許されるとおもっているのか!」
窮した牟はあろうことか、剣を抜いた。酩酊しているのもあって、自制がきかなくなっている。官吏はため息をつきながら、でたらめな剣撃を避け、牟の腹に勢いよく蹴りをいれた。
「ぐあっ……な、なにをす、る」
細い脚の割にその打撃は重かった。
腹を押さえて蹲る牟を睥睨して、官吏はにっこりと微笑んだ。
「躾ですよ」
さらにわき腹にもう一撃。牟は悶絶して倒れる。
「痛みますか? ですが胡琉璃が経験した痛みはこんな程度ではなかったはずです。もっとも、これから軽ければ杖刑にて百敲、重ければ鼻を落とすか、膝蓋骨を取るか――重刑に処されるでしょうね。あなたがいう躾がどのようなものか、その身をもって味わうといい」
最後だけ、官吏は微笑を落として、酷薄な眼をする。
酔いのさめた牟は青ざめて、項垂れるほかになかった。
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続きは14日の朝方に投稿させていただきます。なんと14日は1日2話投稿させていただきますので、どうぞお楽しみに!





