43 胡家の五男は涙の雨に濡れる
いよいよ「ざまぁ」にむけて動きだします!
靑靑視点です!
時をおなじくして獄舎の裏では若い宦官が傘も差さず、窓から聴こえる会話に耳を欹てていた。
靑靑である。
彼には才能や特技といえるものがなかったが、耳だけは昔からよかった。だから酷い嵐のなかでも、絳と紫蓮が喋っている内容を聴きとることができた。
次第に靑靑の眼から涙があふれてくる。
「琉璃姐……」
涙はこぼれたそばから雨にまぎれる。
「琉璃姐が殺されたなんて」
斉の宦官は姓を持たない。子孫を残すことがないためだ。靑靑は宦官となるまでは、胡姓を名乗っていた。胡家の五男であり――胡 琉璃の、実弟にあたる。
「なんで」
琉璃は芸事こそ不得手だったが、頭がよく働き者で、心根の優しい姑娘だった。靑靑はそんな姐のことを、幼い時分から慕っていた。
だが、靑靑が八歳になったころ、姐は後宮へとあがることがきまった。
ちょっとばかりさみしかったが、これで妃として華やかに暮らせるだろうとおもっていた。胡家の邸にいたときは、病弱であるにもかかわらず、女官と変わらないような扱いを受けていたからだ。
父親いわく、女は家族につくすものだと。
そのあと、中都督という高貴な身分の武官に嫁いだと報らされ、ほんとうに嬉しかった。愛されて、幸せになってくれることを、幼心ながらに願っていた。
姐は幸せになるべきひとだった。
それなのに、姐は死んだ。
「殴られて、殺されたんだよ」「夫だろうね」
紫蓮の落ちついた声が、鼓膜に突き刺さって抜けなかった。
靑靑は頭を殴りつけられたかのようにふらつきながら、よろよろと獄舎を後にした。
泣きながら、何処をどう進んだのか。気づけば靑靑は宮廷の門にまできていた。
宦官になったばかりのときは、不条理な侮辱を受けたり暴力を振るわれるたびに門まできては、ここを越えた都には姐がいて幸せに暮らしているのだと想いを馳せていた。
優秀な官職について、いつかは胸を張って姐に逢いにいくんだ。
それだけで靑靑はどんな苦境だろうと乗り越えられる気がした。
だが、この門を越えても、もう姐は何処にもいないのだ。
「琉璃姐、僕は……これから、どうしたら」
その時だ。
嵐を劈いて、女たちの喚声が聞こえてきた。
「奥様は殺されたんです」
「旦那様は日頃から奥様を殴ったり、蹴ったり」
「ほんとはずっと、みてた。でも、いえなかったんです。女官ごときにどうやって旦那様をとめることができるでしょうか」
靑靑は慌てて塞がれた門のすきまに耳をあてた。口振りからして中都督の邸で雇われた女官たちだ。彼女たちは声を張りあげて、懸命に訴える。
「奥様の死に顔をみて、いてもたってもいられなくなって」
「どうか、刑部尚書様に事実をお伝えください」
「奥様を殺めた罪は、裁かれるべきです」
だが衛官は女官たちを拒絶する。
「黙れ! 女官の訴えなどいちいち、刑部尚書様に通せるか」
きゃあと声が聴こえて、女官たちが衛官に突きとばされたことがわかった。靑靑はどうしようと青ざめる。衛官は端からまともに取りあうつもりがないのだ。
絳が語っていた言葉を想いだす。現場にいたものたちの証言があれば、胡琉璃の殴殺を立証できる、と彼は確かにいっていた。
靑靑は一縷の望みをかけ、絳を捜しにいった。
お読みいただき、ありがとうございます。
紫蓮の死化粧が女官達の心を動かし、まもなく事件が解決にむかいます。引き続き、おつきあいいただければ幸いでございます!