4 「屍は語るからね」
「〈後宮の死化粧妃〉であるあなたに依頼があり、参りました」
「いいよ。屍の声ならば、僕は聴きいれよう」
姑娘がうっそりと唇を綻ばせて、微笑んだ。
絳は低頭してから、いったんもどって、車に乗せられていた物を運んできた。それなりに重さはある。悪臭が鼻をついた。
「あなた様はいかに損壊した屍であろうと、よみがえらせることができるとか。このようなありさまでも?」
薦を解いた。
惨たらしい屍があらわになる。
頚が折れてまがり、剥きだした眼のふちからはすでにかたまった血潮の塊があふれている。頭も割れ、結われた髪が垂れだした脳漿にまみれて、ぐずぐずに濡れていた。脚は骨折し、ふくらはぎから骨がつきだしている。
「黄花琳妃です。後宮の知更雀と称される歌媛でした」
不条理な死を具現したようなかたちで横たわる亡骸には、彼女がみなから愛される歌媛であったときのおもかげはない。いかに窈窕たる媛であろうとも、死んでしまえば、肉の塊だ。
華やかな服をきて、高値な耳飾りをつけているのがよけいに無残だった。
酸鼻をきわめる屍をみても、紫蓮は眉の端ひとつ、動かさなかった。それなりに経験を重ねてきた絳でも直視に堪えかねるというのに、笄年を迎えてもいない姑娘が視線を逸らさず、死を眺めるさまは異様な凄みがあった。
「ああ」
水鏡のように紫蓮の瞳が透きとおる。
「彼女は殺されたんだね」
絳が息をのんだ。
「誰かに高いところから落とされた。三階くらいかな。石畳に勢いよくたたきつけられたみたいだね。死んでから経過した時は推定二刻(四時間)ほどかな」
「……左様です。しかしながら、なぜ、わかったのですか」
絳はなにひとつ、語ってはいない。
ただ、死体をひき渡しただけだ。
損壊の程度から転落して死んだことまではわかっても、事故なのか、投身なのか、はたまた他殺なのかを推理することは不可能だ。
「屍は語るからね」
妖妃という異称にふさわしい猫の笑みで、紫蓮は唇を弧にする。
「霊媒のようなことができると」
「霊媒か、霊媒ねぇ。敏そうにしていて、ずいぶんと愚かなことをいうね」
まっこうから愚かだといわれているのに、絳はなぜかいやな気分にはならなかった。
「死者は黙して語らず。死人に口はなしさ。けれども、死体は語るものだ。まわりに知らせてほしいと語られた真実ならば、喋るのが聴いた者の務めだろう?」
絳は唾をのむ。妙な昂揚が胸のうちから湧きたつのを感じた。
刑部省に勤める官人としては、事件の概要をみだりに部外者には話すべきではない。だが、絳は想わず、といった調子で語りはじめていた。
「事件の経緯はこうです。晡時(午後四時)ごろ、黄妃は女官に突き落とされて、三階にある廻廊から転落、頭を強打して死亡した。女官は現場にかけつけた捕吏に捕縛され、殺人罪で死刑に処されることになっています」
「女官が殺害したという証拠はあるのかな。突き落としたところをみたものがいるとか」
「三階の杆から身を乗りだして、落ちた妃をじっと眺めている女官の姿を、ほかの女官および宦官がみています」
ですが、と絳は続けた。
「女官は容疑を否認しています。それどころか、大理少卿が黄妃を殺害した、と嘘の証言を繰りかえしており、始末に負えません」
大理寺は事件の審理を掌る部署で、第二官である大理少卿はその最高権力者である大理寺卿の補佐にあたる。宮廷裁判所における書記官だ。
「証拠もなく、身分のある官吏に疑いをかけるなんて、もってのほかです」
絳が頭を振る。
「そうかな」
紫蓮がつぶやいた。
「その女官の証言は、あながち嘘ともいいきれないよ」
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ここから死化粧妃の推理が幕をあげます。引き続き、楽しんでいただければ幸いです。
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