39 冷遇される後宮丞
絳視点です
緊迫した展開が続きます
「いったいなぜ、刑部丞かつ後宮丞である私の指示も仰がず、綏紫蓮を獄舎におくったのですか」
署に帰るなり、絳は部下たちを叱責した。
紫蓮が獄舎へとおくられたと知らされ、絳は悔しさをかみ締めた。後宮の牢屋ならば後宮丞である絳の管轄だ。ある程度ではあるが、減刑するなど融通をきかせることもできる。だが、刑部が管理する獄舎では、絳には面会する程度しかできない。
「刑部尚書の御命令です」
刑吏が言葉少なに言った。
「ですからなぜ、後宮の妃の処分を、刑部尚書にひき渡したのですか。妃の処分は後宮丞の任です」
刑吏たちの視線は冷たかった。絳にたいする反感が覗える。なぜ、こんな身分の低い男が上官なのかと、露骨な不満が滲んでいる。絳は咄嗟に舌を打ちたくなるのをこらえ、努めて冷静に詰問した。
「取り調べはしたんですか」
「さあ」
「胡 琉璃の屍を損壊した動機は、まだわかっていないということですね」
「おそらくは」
まったく埒があかない。獄舎にいって真実を確かめなければ。
「胡、琉璃……」
靑靑がぽつりと復唱する。
絳が慌ただしく退室しかけたところで、靑靑が袖をつかみ、声をかけてきた。
「あ、あの。僕も、ついていっても」
「獄は酷いところです。あなたがみるべきではない」
絳は靑靑の腕を振りほどいた。靑靑は純朴だ。宮廷の底を知るにはまだ、若すぎる。
暗雲から落ちた雨垂れがひとつ、屋頂を弾いた。
…………
獄舎についたときには桶の底が抜けたような嵐になっていた。
雷鳴が轟き、獄舎の罅割れた土壁を微かに震わせる。雨洩りが絶えない獄舎のなかは饐えた臭いが充満していた。
ここは宮廷の掃きだめだ。
放りこまれてしまえば、卑賎な宦官でも高貴な官吏でも変わらず、家畜同等の扱いをうける。だから士族などは獄舎に収容されるまでに賄賂をつかい、免罪を試みる。もっとも獄吏のなかにも、賄賂次第で獄中での便宜をはかったり、冤罪をかけられたものに拷問をして嘘の自供をさせるものがいた。それもふくめて、掃きだめなのだ。
呻き声や悲鳴が反響する廊を進み、絳は耳房に踏みこむ。
「綏 紫蓮はこちらにいますか」
懲罰房だ。
昏がりに姑娘が、跪いていた。
「紫蓮」
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まもなく推理とネタ晴らしに突入するので、どうかお楽しみに!
 





