38 捕らわれの妖妃
紫蓮の視点に戻ります。新キャラが登場します。
うす昏い獄舎の静けさを、笞の音が破る。
妃妾や女官が収容される後宮の牢屋とは違い、獄舎では重罪をおかしたものが拘禁され、罪におうじた処罰を受けることになる。
獄舎の耳房で敲刑を受けていたのは綏紫蓮だった。麻地の服に着替えさせられ、腕を縛られて跪いている。
「っ」
背を打ち据えられ、彼女は微かに細い呻きを洩らした。だが意地でも悲鳴はあげない。
「あいかわらず、懲りねぇやつだな、おまえはよ」
獄吏の男がざんばらの髪を掻きあげ、嗤った。
胡乱な三白眼をした男だ。眼つきが非常に悪いことをのぞけば、それなりに整った顔だちをしている。だが、髪から覗く額には刺青が彫りこまれていた。電をかたどった刺青は罪人の一族であることを表すものだ。
「なにを訴えたかったのかは知らねえが、口は禍のもと、って昔からいうだろ」
「ついでに死人に口なしともいうね」
紫蓮は視線をあげ、微笑みかける。
「彼らの声を聴けるのは僕だけだ。語られたら、語る。それだけのことだよ」
「そんで、おまえが死にかけてんだから、笑えるよな」
またひとつ、笞が振りおろされた。麻紐の巻かれた棒が容赦なく骨を打つ。
「っ……やれやれ、知りあいのよしみで、ちょっとくらいは加減して、くれない、かな? 琅邪」
「はっ、他の奴らは知らねえが、あいにくと俺は銭を積まれようが、情に訴えかけられようが、恩赦は与えねぇときめてんだよ」
「わかっているよ。きみは、そういう男だね」
刹琅邪とは親しいわけではない。だが、これまでにも紫蓮が触れてはならない真実に触れて罰を受けるときはきまって、彼が刑を執行してきたため、いつのまにか知人となった。
「日頃からお偉いぶって俺らを蔑んでやがる士族様や高官どもでも、獄舎にくると賄賂を差しだして、狗みたいにすり寄ってきやがる。それを踏みにじって笞を振りおろすときの、奴らの絶望に満ちた顔ときたら――想いだすだけで勃っちまうくらいだ」
彼は下卑た嗤いを絡げた。
琅邪はこの職を楽しんでいる。罪人の一族に産まれた憂さを晴らすように獄吏としての役割を果たしていた。
「それにしても、憤怒を漲らせた屍ねえ。柩を覗いただけでも祟られそうなシロモノだったって聴いたぜ。んなえげつないもんだったら、俺も見物したかったよ」
紫蓮が睫をふせた。青ざめた唇から言の葉を落とす。
「……きれいだったよ」
日の差さない耳房は真昼から燈火がたかれている。小窓から風が吹きこみ、燈火が微かに傾いで、陰をかきまぜた。
「彼女の怒りはとても、きれいだったんだよ」
呪縛に強いられた微笑なんかより、ずっと。
「はっ、いっちょまえに芸術家気取りかよ。それともなんだ、真実をあきらかにするとかいう義心に勇んでんのか。たいしたもんだよな、おまえはよ」
「そんなのじゃないさ、僕はただ……」
胡 琉璃が怒っていたことを、誰かに知ってほしかっただけだ――
紫蓮はそういいかけたが、強い打撃に襲われて息がつまり、言葉にはならなかった。
お読みいただき、御礼申しあげます。
楽しんでいただけているでしょうか。まもなく紫蓮のもとに絳が馳せ参じますので、引き続き、お楽しみいただければ幸いです。





