37 この骨はだれか
「姜絳様、確認したのですが、調べたかぎりですと、後宮で失踪したきり消息を絶っているものはおりませんでした」
「左様ですか、御苦労」
官吏は袖を掲げて低頭し、去る。
思惑がはずれた。絳は顎に指をかけ、考えこむ。
「後宮で失踪したものがいない、となれば、人骨の身元を捜すのはさらに難しくなりましたね」
「なら、後宮に渡ってきた高官が落ちたとか」
「後宮に渡れるのはよほどに身分の高い官吏だけです。そんな官吏が後宮で失踪すれば、それこそ大規模な捜索がおこなわれるでしょう。監視を掻い潜り、後宮に侵入していたものがいたか、あるいは」
侵入者だとすれば、刺客という線が強くなる。皇帝の死ともなにか、つながりがあるのではないか。絳はそこまで考えて、頭を振った。
「憶測では語れませんね」
「でも、こんな骨から身元を割りだすなんて、無理ですよ」
「彼女ならば、できるかもしれません」
屍に語りかける姑娘の姿が、頭に過ぎる。紫の睡蓮が、ふわりと咲き誇った。
今頃は親友だと語っていた胡琉璃の死化粧が終わり、一段落ついているはずだ。あんな死斑だらけの屍でも、紫蓮はきれいに葬ったのだろうと想像する。死化粧を施すところがみられなかったのが残念だ。
「綏紫蓮に依頼しましょう」
「妖妃、ですか」
靑靑が表情を曇らせた。彼は妖妃を怖れている。だからかとおもったが、どうにも様子が違った。
「綏紫蓮は依頼された屍を損壊されたという疑いで、今朝がた獄舎に連れていかれました。絳様にはまだ、報告されていなかったのですね」
「なんだって」
がらにでもなく、絳はさっと青ざめた。
綏紫蓮が屍を損壊するはずがない。損壊させたと誤解されるようなことがあったとすれば、重大な事情があるに違いなかった。検視の結果、導きだされた真実を訴えたかったのではないか。
だが、彼女が語る真実に耳を傾けるものが、この後宮にいるだろうか。絳は眉根を寄せ、黙って踵をかえす。
「こ、絳様」
靑靑が慌ててついてくる。
濡れた風が吹きつけてきた。まもなく、嵐になる。
お読みいただき、ありがとうございます。
果たして紫蓮は無事なのか。絳が急ぎます。引き続き、お楽しみいただければ幸いです。