36 宦官とは家畜
靑靑の眼が腫れていた。
朝から慌ただしくしていたため、気づかなかったが、昨晩泣いていたことはあきらかだ。思いあたるところがあり、絳は声を落として語りかけた。
「……ご親族が逝去されたとか。葬礼にも参列させてやれませんでしたね。便宜をはかれれば、よかったのですが」
後宮とは踏みこめば抜けだせない華の篭だが、妃妾には皇帝の御渡りや下賜という望みが、女官には年季がある。宦官だけが、死ぬまでここに縛りつけられる。後宮から放りだされたら宦官にはいくあてがない。男の物を切除し子孫を残せない宦官はすでに男ではなく、巷では人扱いもされないためだ。
だが、宮廷においては、男ではない宦官こそがもとめられる。加えて、宦官にはある特権があった。
「とんでもないです。宦官として宮廷にあがるときにわかっていたことですから」
「ですが、あなたは罪をおかして宮刑となったわけではないのに」
昔は宦官といえば、罪人や親の罪を負った子孫がなるものだったが、昨今は靑靑のように良家の男児が志願して宦官となる例もあった。
前提として、宮廷で官職につくには科挙試験に合格する必要がある。
だが、試験は受けるだけでも、莫大な受験費がかかる。
宮廷に勤めるだけあって宦官には有能なものもいたが、いかに能力があっても個人の財をもたない宦官の身では試験を受けることはできない。この格差を問題視した先帝は、宦官にかぎり無償で受験ができるよう、制度を改正した。
しかしながら事態は、先帝の意とは異なるほうに進んでいった。
家督を継ぐことのない三男、四男を宦官にして宮にあげ、受験させて、官職につかせようとする貧乏士族が後を絶たなくなったのだ。
靑靑もまた親から宦官になることを強いられた身だ。新たな制度の犠牲者ともいえる。
「宦官は家畜です。家畜が葬列にならぶでしょうか。だからぼくはだいじょうぶです」
「誰に言われましたか」
靑靑らしからぬ自虐に絳が眼をとがらせた。
靑靑はうつむいて、黙する。
はじめに靑靑とあったとき、彼は傷だらけだった。宦官になったばかりの男児を虐げる悪辣な宦官がいたせいだ。
絳が拾っていなければ、今頃どうなっていたことか。
(陛下)
絳は胸のうちで、今は亡き先帝に語りかける。
(あなたはたいそう慈悲ぶかく、絶えず弱き者の側で物事を考え続けてきた。ですが、弱者のなかには更なる弱者を喰い物にする狡猾な輩がいるということを、あなたはご存じなかったのでしょうね)
刑部官吏が報告にやってきたのをみて、絳は思考を絶つ。
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毎日連載を追いかけてくださる読者様がおられること、とても嬉しくおもっております。追いかけてよかったとおもっていただけるよう、今後とも熱をいれて原稿を書き続けて参ります。





