35 後宮の堀からあがった人骨
久し振りに絳の視点です。
斉の後宮は堀にかこまれている。
宮廷から後宮に渡る橋はひとつだけで、朝から晩まで衛官がつき見張りをしていた。後宮がひらかれたいま、高官たちに紛れて部外者が侵入する危険もあり、妃妾たちを衛るために厳重な監視が続けられている。もっともそれは表向きで、女官や妃妾が結ばれぬ想いびとを追いかけて後宮から抜けださないための対策でもあった。
そんな後宮の堀では五年に一度の大掃除がおこなわれていた。
後宮丞である姜絳は、堀から大変なものがあがったと連絡を受け、靑靑を連れて現場にかけつけたところだった。
「後宮丞、こちらが堀からあがったものです」
伝達にきた宦官が陳列されたものを指す。
「人骨、ですか」
頭蓋骨から肋骨、大腿骨、おおよそ人ひとりぶんの骨がそろっていた。腕の骨などはまだ、あがっていないらしい。
絳の後ろにいた靑靑はひえぇっと悲鳴をあげて縮こまる。袖をつかまれた絳があきれてため息をついた。
「あなた、骨まで怖いのですか」
「だ、だって、未練を残した髑髏は喋ったり、嗤ったりするというではありませんか。こんな堀に落ちて死んだら、事件であれ、事故であれ、未練が残るにきまっています」
「声帯もないのに、どうやって喋るんですか。まったく」
靑靑はすっかりと臆病風に吹かれている。純朴すぎるというのも考えものだ。
ほかの宦官が「また骨があがったぞ」と声をあげる。伝達係の宦官は絳に頭をさげてから、堀にむかった。
その場には絳と靑靑が残される。
「ご存命だったときは女官だったのでしょうか。それとも宦官とか。妃妾ということはさすがにないですかね。あ、でも、骨になってしまったら調べようがないですよね」
怖がりつつ、靑靑なりに調査しようという気概はあるらしかった。
あらためて絳は骨の状態を確認する。骨になっている段階で死後一年から二年は経っていると推定される。水のなかにある屍は陸とくらべて腐敗が緩やかになるが、蟹や小蝦がいる堀ではそのかぎりではない。
「服も残っていませんし、骨から個人を識別することは不可能でしょうね。この五年間に後宮で失踪し発見されなかったものがいないか、調べさせているところです」
「そんなことまで記録に残っているんですか」
「ここは後宮ですよ。妃妾も女官も宦官も紐をつけられ、管理されています。後宮から失踪したものがいれば、すぐに捜索されます。連れもどされたり、すでに死んでいたり、結果はまちまちですが」
そこまで言いかけて、絳が言葉を切る。
靑靑の眼が腫れていた。朝から慌ただしくしていたため、気づかなかったが、昨晩泣いていたことはあきらかだった。
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第二部ではふたつの事件が絡んだり、絡まなかったりしながら進んでいきます。
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