30 死化粧師であることを誇りにおもっていて
引き続き、回想です。
紫蓮には七歳まで、友だちといえるものがいなかった。
死化粧妃の姑娘だと知って、喋りかけてくるものはいない。遠ざけられるか、いじめられるかだ。だが、溺れていた紫蓮を助けてくれた胡 琉璃という妃だけは、紫蓮が素姓を明かしても態度を変えなかった。それどころか、園林などで逢うと声をかけてきてくれるようになったのだ。
他愛のないことを喋っているうちに、これが友だちというものなのではないかと紫蓮は想いはじめていた。
胡 琉璃は笄年(十五歳)になったばかりで、後宮でも比肩するものがいないほどに美しかった。だが、貧しい士族に産まれて後宮に嫁いできた身で、芸事にも秀でていないため、皇帝の眼にはとまらないだろうとささやかれていた。加えて、彼女には喘息がある。喘息はうつるものではないが、無知な妃妾たちはあからさまに彼女を避けていた。
「紫蓮、また、いじめられたのね」
紫蓮がひとり、散りそうな梔子を眺めながら涙をこらえていると、琉璃がやさしく声をかけてきた。
「琉璃」
「つらかったわね」
振りかえれば、琉璃がいつもどおり、嬉しそうに微笑を振りまいていた。
紫蓮のことを真剣に案じているとは想えない。それどころか、おもしろがっているのではないかと疑えるほど、琉璃の笑顔は屈託がなかった。
それなのに、彼女の微笑はいつだって、冬のにおいがするのだ。
「みんながいうんだ。母様がなさっていることは、けがらわしいことだって。屍に触れるばかりか、腹を割いて腸を掻きだすおぞましい職だって」
黄ばみはじめていた梔子が、落ちる。
「でも、あなたはそうは想わないのでしょう?」
「おもわない。だって死んだひとを、いちばん幸せだったときにもどしてあげるおしごとなんだから。ちぎれたところをつないで、へこんだところをなおして、お別れのときにわらって「さようなら」ができるようにするんだって、母さまがそういってた。だけど――」
他人からどう想われていても、紫蓮はすでに傷つかなかった。そういう諦めを、七歳ですでに身につけていた。
だが、皇帝陛下――彼女の父親が、母親の職をけがれたものだとおもっているのだとすれば、紫蓮にはたえられないほどにつらかった。
紫蓮はいい。どうせ、会ったこともない父親だ。思慕を抱いたこともなかった。だが、母親はいつだって、皇帝のことを愛し、慕い続けていた。
姑娘である紫蓮に父親の影を捜すほどに。
黙ってしまった紫蓮をみて、琉璃はなにをおもったのか、ふわりと抱き締めてきた。
「紫蓮、どうか、変わらず誇りにおもっていて」
紫蓮が息をのむ。琉璃は紫蓮を強く抱き寄せ、語りかけてきた。
「一度だけね、後宮で執りおこなわれた葬礼に参列したことがあるの。階段から落ちて頭を強く打ちつけたとか。でも、柩に横たえられた妃様は眠っておられるみたいに穏やかで、割れてしまったという額もきれいになっていたわ。ほんとうに美しかった」
だからね、と彼女は続けた。
「恥じることはないのよ。胸を張って。死化粧師は素晴らしい役職なのだから」
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