24「あなたは死に縛られている」
風が吹きつけ、窓を蓋っていた帳をごうと膨らませる。それはどこか、火が燃えさかるのとも似ていた。熱のない昏い火だ。
絳が掛けるべき言葉を失っている隙をつき、紫蓮はたたみかけた。
「先帝の骸はすでに埋葬された。僕には関係のないことだよ」
「ですが」
紫蓮の眼差しは凍てついている。彼女は絳を睨みつけながら、拒絶する。
「諦めてくれたまえ、きみの頼みは聴きいれられない」
一拍を経て、絳は取り繕うように微笑した。
「わかりました。今晩はひきさがります。ですが――」
絳は紫蓮に触れるか触れないかのぎりぎりに腕を伸ばして、壁に身を寄せた。壁ぎわにいた紫蓮は捕らえられるかたちになる。
「な、にを」
「あなたは、死を愛し、死に愛されている」
絳は低く鼓膜に息を吹きこむように囁きかけてきた。
「それは、死に縛られているということですよ。あなたがどれだけ先帝を怨んでいようと、あるいは怨んでおられるからこそ、死のほうがあなたを絡みとって、離さないはずだ」
呼吸もできず、双眸を強張らせる紫蓮にたいして、絳は睦言のように続ける。
「あなたは、先帝陛下の死に呪縛されている」
「……!」
「ふふ、先帝を怨んでおられるのですね。……僥倖だ」
心から嬉しそうに絳はゆらりと、唇を弛めた。
「……なぜ、笑うんだい」
「さて、なぜでしょうか」
絳が歓ぶときはいつだって、紫蓮には理解できない理由がある。
いまだってそうだ。
例えば、紫蓮が父親たる先帝を愛していて、死の謎を解いて報復をしたいといいだせば、絳の思惑どおりにすべてが動き、歓喜するのも理にかなう。だが、紫蓮は彼の頼みを拒絶した。
それなのに、なぜ。
「強いていうならば、そうですね。あなたのことが、さらに愛しくおもえたから、でしょうか」
彼はさながら、不知火だ。
燃えていて、明るいはずなのに、現実にはそんなものは何処にもない。近寄ることもできず、触れることもできない幻のひかり。つかみどころがないというよりは、つかむことのできない虚ろさを感じる。
「つまらない冗談は――」
「冗談ではありませんよ。私はあなたには誠実でありたいとおもっています。言ったでしょう? はじめて好きになった姑娘にきらわれたくないんですよ」
それでいて、彼はこの期におよんでも、紫蓮に触れることだけは、しないのだ。指先ひとつ、彼女にかすめることがないよう、神経を張りつめているのがわかる。
誠実でありたいといった言葉を、実証するように。
「あなたはきっと、私とおなじだ」
絳はそういうと紫蓮から身を離し、背をむけた。
「ああ、ひとつだけ、伝えさせてください――先帝があなたがたをわすれたことはありませんでしたよ」
なさけのようで、呪詛のような。
言葉ひとつを残して、絳は宮を後にしていった。
残された紫蓮は崩れるように壁にもたれる。
静まりかえった殿舎に死んだ花の香を乗せた風だけが吹き抜ける。紫蓮は額をおさえ、呻くようにつぶやいた。
「なんで、いまさら……」
想いださせるのか。
五年前のことは、とうに終わったはずだったのに。
そう考えながら、ほんとうは紫蓮はわかっていた。終わってなどいない。ほんとうに終わっていたら、夜ごとの夢に現れたりはしない。
紫蓮はいまだ、ふたつの死に縛られている。
毎度お読みいただき、ありがとうございます。
第一部の最終話は26日に投稿させていただきます。
私事ですが、本日25日は「後宮食医の薬膳帖2」の発売日です!
メディアワークス文庫から出版されます! 本屋さんにお立ち寄りの際は御手にとっていただき、夏目レモン様による素敵な表紙だけでもご覧いただければ嬉しいです。