表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/137

15 屍は腐るものだから

いよいよエンバーミングに突入です。

死体描写、手術描写がふえますので、苦手意識がある読者様はご注意ください。

「素晴らしいですね。あれほど酷かった傷がすっかりと塞がって。いやはや、感服いたしました。処置はすでに終わったのですか」


 ひとのかたちを取りもどしたオウ妃の屍をみて、コウは感嘆の息を洩らす。


「いいや、まだだよ。これからさ」


 復元。修復。それだけでは、したいをよみがえらせた、とまではいえなかった。

 てっきり報告を終えてすぐに帰るものだとおもっていたのに、紫蓮シレンが箱から様々な薬剤や器具を取りだしていると、コウがついと覗きこんできた。


「側でみていても、構わないでしょうか」

「僕は構わないけれど……」


 紫蓮シレンは眉の端をあげて、あらためて傍らの男をみる。

 微笑を絶やさないが、眼睛がんせいかげはらんでくらく、さわやかに振る舞いながら唇には時々嘲りめいたわらいがよぎる。男にしては骨が細く、腰といい、肩幅といい、ほっそりとひき締まっていた。植物ならば、柳を。動物ならば、ヤマイヌを想わせる。


「逢ったときからおもっていたけれど、きみはちょっとばかり変わった男だね?」


 だが、紫蓮シレンがもっとも奇妙に感じたのは、彼には死を畏れる素振りがないことだ。


「大抵のものは、死のけがれをいやがるというのに」


「はっ……」


 コウわらった。彼らしからぬ荒っぽい嗤いかただ。あるいはこれが素なのではないかと紫蓮はおもった。


「死のけがれですか。そんなものは、生者のほうが上等だとおもっているものたちが造りだした幻想にすぎませんよ」


 窓から差す夕日が陰る。

 コウの声が喉にかかるように低くなった。


「人の腹を斬ると収まっていたはらわたがあふれだすのですが、破れた腸というのはね、非常に臭うのです。まだ息があってもね。腸の噎せかえるような臭いこそが、人の本質だ」


「違いないね」


 想像するだけで酸鼻さんびをきわめる話にも、紫蓮シレンは臆さず唇を綻ばせた。


「死んでいるものがけがれているのならば、生きているものだっておなじくらいに穢れているさ。いいや、死者のほうがよほどにいいね」


 横たわるオウ妃の頬をなでる。


「彼女らは悪意をもたず、ひとを欺かない」


 指は踊るように頤をたどり、頚のつけ根にある血管を捉えた。


「ああ、ここだね」


 絳が奇妙そうな視線をむけてくる。


 紫蓮は黒曜石の医刀を執り、頚筋を僅かに切った。

 絳が一瞬だけ、眼を見張る。紫蓮が屍を切りつけるとは想わなかったのだろう。傷に鑷子を挿しこみ、動脈、静脈をつまんで取りだす。


「いったい、なにをなさるのですか」

「血は腐る。だから、抜きとって、腐らない秘薬と換えるのさ」


お読みいただき、ありがとうございます。

血を入れ替えるのは腐敗から御遺体を保護するための最も有効な処置で、かの有名なレオナル・ド・ダヴィンチもこうした研究に取り組んでいました。

続きは17日19時頃に投稿させていただきます。

「続きが読みたい」「気になる」とおもってくださった御方がいれば、「ブクマ」にて本棚に迎えていただければたいへん励みになります。よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 豺(←こういう字を書くんですね)みたいな絳いいですね。 物腰柔らかに見えて仄暗い歪みがある男性が好きなので、彼の描写はツボです(*´∀`*) 自分がこれまで対面してきたご遺体も、裏で紫蓮…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ