14 死化粧妃は死に祈らない
事件の真相が明かされます
呼吸がとまったそのときから、ひとのからだは崩れていく。
まずは肌が青ざめて強張り、背から項にかけて死斑というあざが拡がりだす。唇はしぼんで厚みがなくなり、潤いを損なった眼は落ちくぼんで、頬が段々と垂れさがっていく。
死後三刻(六時間)も経てば、腐敗がはじまる。
死は刻一刻と変わり続けるものだ。
だからこそ、死化粧妃がいる――
牢屋から帰ってきて、四刻(八時間)は経ったか。
黄昏のなかで、紫蓮は横たわる黄花琳の屍に語りかけていた。
「どうかな。折れた骨をつぎ、破れてしまっていた肌を縫いあげたよ。しなやかな腕も元通りさ。これで愛するひとを抱き締めてあげられるね。割れていた頭は蝋で埋めさせてもらった。後から髪を結いなおせば、わからないはずだよ」
紫蓮は死者に祈らない。
鎮魂の意を唱えるでもなく、死後の安寧を約束するでもなかった。ただ、ここに遺された屍というものに、かぎりない愛をもって接する。
「ああ、唇がまた、乾いてきたね」
紅筆に椿のあぶらをつけて、唇に施す。こまめにこれを繰りかえしているおかげか、黄妃の唇はしぼむことなく、いまだに張りをたもっていた。
歌媛にふさわしい唇だ。
「あなたは、ほんとうに愛しそうに死者を扱うのですね」
後ろから声をかけられて、紫蓮が振りかえる。
いつのまにか、絳がたたずんでいた。窓にもたれて、くつろいでいるところからして、宮にきてしばらく経っているらしかった。
「なんだ、きていたのなら、声をかけてくれたらよかったのに」
「かけましたよ。ですが、まったく聴こえておられないようでしたので」
死化粧を施しているとき、まわりの声がいっさい聴こえなくなるのは紫蓮の瑕疵でもある。
「よい報せです。大理少卿が黄妃殺害を認めました。言い争いを経て扼殺したあと、黄妃を廻廊から投げ落としたと――すべて、あなたが語ってくださったとおりです」
「それはよかった」
死者は嘘をつかない。だが、語られたことから、詳細を推理するのは紫蓮だ。
「黄妃は、喋らずの禁を破ってまで、大理少卿になんといったんだろうね」
「それですが、大理少卿の話によれば――」
大理少卿は、黄妃と女官の鈴が想いあっていることに勘づいていた。なんでもふたりが接吻しているところを覗いていたのだとか。
だが、ふたりのあいだに愛があったとは想いもせず、たんに後宮におけるたわむれだと思ったらしい。
好色な眼差しでふたりをみていた大理少卿は、せっかくならば女ふたりを物にしようと考えたのか、「喜べ、鈴は妾にしてやろう」といったそうだ。
好きではない男に嫁いでも、みずからだけならば、まだ辛抱できた。
だが、愛する女まで妾にされ、凌辱される――それを知ったとき、黄妃はなにを想っただろうか。
絶望し、悲嘆に落ち――腸が煮えたぎるほどの怒りが、湧きあがったはずだ。これまで、なにもかもを諦めて、たえ続けてきたのに。
たったひとつ、愛したものまで奪おうというのか。
許せない、許せるものか。
歌だけを紡いできた喉を荒らげて、黄妃は叫んだ。
「親の権力を振りかざして欲を満たす無能な男なんかに嫁ぐくらいならば、いま、この場で舌をかみきって死んでやる――――」
罵られた大理少卿は青くなってから、顔を紅潮させ「だったら、死ね!」と黄妃の頚を絞めた。黄妃は殺され、その場にいた鈴がその罪をかぶせられた――――
お読みいただき、ありがとうございます。
事件の真相は殺しかたではなくそこにあった加害者と被害者の心境にこそあるとおもっております。
続きは16日に投稿させていただきます。
いよいよ、ここからエンバーミングがはじまります。いかにして知更雀の歌媛を葬るのか、こうご期待ください!