129地獄の底で約束を
「こんなことになるのならば、ほかでもない私が、その頚を落としたかったと」
紫蓮はひどく胸を締めつけられて、睫をふせた。
「きみは愛する者たちの死を、穢されてきたんだね」
そうして彼は、壊れたのだ。
死を穢すとは尊厳を穢すことだ。命あるうちに築きあげてきた誇りを踏みにじって、蹂躙するに等しい。穢されるくらいならばという想いは、わかる。
「陛下は日頃から信頼し、厚遇していた宦官に裏切られた。それは身分差をなくすという理想そのものに裏切られたようなものです」
「先帝はきっと、穢れのないひとだったんだろうね。疑わないことが、信頼の証だとおもっていた。だから取りかえしのつかないことになった」
だが、そんな先帝だから、絳は先帝に敬意を払い、紫蓮の母親は彼を愛したのだ。
「穢れ、か」
風で拡がる紫蓮の髪に触れて、絳がぽつりとこぼす。
「あなたを、穢してしまいましたね」
嘘をつかせた。誇りを捨てさせた。
それらは絳のためというわけではなかったが、絳と逢ってさえいなければ、紫蓮があんな選択をすることはなかっただろう。
「穢れるのは私だけで充分だったのに」
絳は絡めるようにすくいあげた髪の先端に接吻を落とす。
「でも、なぜでしょうか。あなたを穢したのがほかでもない私だということが、たまらなく嬉しい」
熱を帯びて潤む絳の眼には、紫蓮だけが映っている。
「愛していますよ、紫蓮。嘘をついても、誇りを穢しても、あなたは変わらずきれいだ。泥中の蓮みたいに」
「きみは」
紫蓮は苦笑して、ため息をつく。
「ほんとうに救いよいもない奇人だね」
絳は最大の褒め言葉をもらったとばかりに頬を綻ばせた。
「宰相は死にました。ですが、宮廷は変わらないでしょう。強いものが弱きを虐げて、虐げられたものはさらに弱きを捜して、奪う――」
宮廷の闇は連綿と続いてきた人の業だ。
「穢された死があるかぎり、僕は屍の声を語り、葬るよ」
真実という骨をあばきだすためならば、腐乱した腹に腕を差しこむことにためらいはなかった。
「罪なきものが裁かれ、罪人が赦されることのないよう、私も動きます。先帝の遺志を、というと、荷が重すぎますが」
ならば、それぞれに橋を渡らねばならなかった。
別れを惜しむように絳が尋ねかける。
「紫蓮、もう一度、接吻をしてもいいですか」
「喀くよ?」
「またまた、そんなこといいながら、あのときだって喀かなかったじゃないですか」
「気絶はしたけどね」
紫蓮はにべもなく絳を振り払い、橋を進む。だが中程で振りむいて、微笑みかけた。
「いつか、きみが死んだら、僕がきれいによみがえらせてあげるよ。そのときだったら、接吻ひとつくらいしてあげようじゃないか」
死を、預かると。
「だから、僕が死にかけたら、そのときは」
しどけなく髪を掻きあげ、紫蓮はみずからの項を差しだす。
「お約束します。あなたの頚は、私が落とす。ほかにどんな死にかたもさせません」
いつ、嘘になるともしれない約束だ。
それでも結ぶ。
ふたりは袖振りあい、すれ違うように橋を渡る。
黄昏はあせて、紫の帳が落ちた。進むさきは昏い。それでも、背を預けるものがいるかぎり。
地獄の底にこそ、蓮は咲くのだから。
これにて第一期完結となります。
ここまでお読みいただきまして、御礼申しあげます。楽しんでいただけましたでしょうか? 感想、レビュー、お星さまなどいただけますと、今後の執筆の励みになります。連載はいったん終了、完結済みとさせていただきますが、後日(発売日前後)SSを投稿させていただきますので、ブクマは外さずによろしくお願いいたします(*^^*)
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