127富も権力も死後には持っていけない
話の都合により短めです。
白い幟が秋空に舞う。
唐圭褐の葬礼は宮廷の端で執りおこなわれた。宰相とは想えないほどに小規模で、参列者もまばらだ。
彼が宦官であったためだ。宦官には縁となる一族もおらず、埋葬するための墓もない。
紫蓮は後宮の妃妾でありながら、特例で参列を許された。幼帝が望んでいた結果には結びつかなかったが、検視および死化粧を施したという功績を考慮してのことだ。
紫蓮は圭褐の柩を覗きこむ。痩せぎすの老人が疲れたようすで眠りについていた。
「棺を蓋いて事定まる、か」
圭褐は二歳の時に宦官にされた身だという。彼の祖父にあたる男が罪をおかしたとして、先々帝が一族の男すべてを宦官に処した。だが、後々になって祖父が冤罪だったとあきらかになった。
圭褐はそれから、宮廷と皇族を怨み続けてきたのだ。
彼もまた、宮廷の犠牲者ともいえる。
哀れだ。
だが、紫蓮に哀れまれることを彼は望まないだろう。
柩のなかはがらんとしていた。義理として冥銭は投げこめども、圭褐のために涙をこぼすものはおらず、哭女の声だけがむなしく響いている。
宦官だから、というだけではないだろうと紫蓮は考える。
「どれほどの権力があっても、富を築こうとも、冕を戴こうとも。死後には持っていけないんだよ、唐圭褐」
遺せるとすれば、愛だけだ。
だが、欲望を満たすためだけに齢を重ねてきた彼は、愛を遺すことはできなかった。
紫蓮は柩のなかに銭ではなく、庭先で摘んだ花を落とす。
「一路好走」
死化粧妃は祷らず。ただ、葬るだけ。
刺繍の施されたすそをひるがえして、彼女は柩に背をむけた。脚もとでふわりと大輪の蓮が拡がる。
雲ひとつない青天に真昼の月があがった。
お読みいただき、ありがとうございます。
続きは30日に投稿させていただきます。紫蓮と絳。ふたりのゆくさきをどうか見届けてください。