126「きみだけを地獄にはいかせない」
ついにクライマックスです。見届けていただけると幸いです。
「きみは」
ほんとうに救いようがないばかだ――
絳がなにを想い、紫蓮を裏切るようなことをしたのか。疑わせるような嘘をついたのか。いまになって解ってしまった。
彼はあらゆる罪をその身にかぶって、命を絶とうとしているのだ。
宰相を暗殺した罪から始まり、先帝を殺めた罪も、紫蓮の母親を死なせた罪も、如珂の死までも預かろうとしている。
この場で菫毒とふぐ毒を組みあわせれば毒がまわるまで時がかかるという真実を明かせば、宴会で杯をかわした絳の容疑が確定する。これまで中風とされてきた横死も再調査されるだろう。
そうなれば、先帝を含め、宮廷で続く死は祟りではないと証明することができる。すべては姜絳による事件だとして終わらせることができるのだ。
絳の誤算はひとつだ。
紫蓮がすでに絳を疑っていないということである。
紫蓮は絳がそんなことをするはずがないとおもってはいたが、裏づけはなかった。だが、圭褐が獄舎にいた紫蓮を襲ったことで、先帝暗殺と母親の毒死が絳によるものではないと確定した。
裏がえせば、紫蓮がいまだに絳を疑っていたら、絳を有罪にすることで紫蓮は復讐を遂げられたのだ。紫蓮は抱え続けてきた怨みを終わらせることができ、謀りをはかった張本人である圭褐も死んでいるので禍根を残すこともない。
すべてを終わらせて、死刑に処される――これが絳の選んだ死に時というものか。
紫蓮は唇をかみ締める。
絳は敏い男だ。憎らしいほどに。
なにより、彼は紫蓮の信条を理解している。
紫蓮は嘘をつかない。死者の声を偽らない。かならず、死人の声を語る。それが、紫蓮の誇りであると。
どくんと、紫蓮の鼓動が脈を打った。
「検視を進めぬか」
高官が促す。
「承知、いたしました」
心は惑っていても紫蓮の指はみだれなく動き、胸から腹まで割いて、順に臓を取りだしていった。六腑に異常はない。心筋、壊死。解りきった検視を続けながら、紫蓮は絶えず絳の視線を感じていた。
静かで、愛しむような眼差しだ。とろけるような熱を帯びている。紫蓮がはじめて、絳の前で屍の腹を割いたあの時と一緒だ。
どくん、どくん。
命の証である脈動が、肋骨をたたく。
次第に紫蓮の胸にふつふつと湧きあがってきたものがあった。
怒りだ。
紫蓮は誰の耳にも届かずとも、とがめられて笞に処されても真実を語り続けてきた。命を賭して。
彼女の誇りはなんびとたりとも穢せぬものだった。
この時までは。
「検視結果が、解りました」
老いて弛んだ腹を縫いあわせてから、紫蓮が満を持して唇をほどいた。
誰もが緊張して、息をのむ。幼帝は身を乗りだした。
「毒殺か? 毒殺なのだな?」
紫蓮はふせていた睫をあげた。紫の眼が透きとおりながら、しんと燃える。揺るぎない眼差しは、暁に瞬きだす明け星を想わせた。
「これは、毒ではありません」
絳が微笑を崩して眼を見張る。
なにかを訴えるように唇をわななかせた。だが、声にはならない。
納得できないのか、幼帝が声をあげた。
「まことに毒ではないというか。ならば、なぜ、宰相は死んだのだ」
紫蓮は胸を張り、微笑む。
きみだけを、地獄にはいかせないと。
「中風です」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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