13 女は愛に命を捧げた
GL要素があります
「女が、命を賭けるとすれば、それは愛だろうね」
紫蓮の言葉に鈴が息をのむ。
「なぜかといっていたね。それは、きみがいちばん、わかっているんじゃないかな。黄妃と想いあっていたんだろう?」
「どうして、それを」
紫蓮が黄妃から預かってきた耳飾りを渡す。
「そ、それは花琳様の」
「きみとそろいなんだね」
鈴が視線を彷徨わせ、慌てて言葉を重ねる。
「か、花琳様はおやさしく、女官の身には過ぎた物をくださることがありました。これもそのひとつで――」
「隠さなくてもいいさ。女と女が愛を結んでいても、僕はおかしいとは想わないよ」
紫蓮は穏やかに語りかけた。
「これは比翼の雀を象ったものだろう? この雀は隻の翼しか持たず、ふたりで寄りそい、はじめて双翼となって舞いあがることができるという。この故事にちなんで、婚礼のときに比翼連理の誓いが唱えられるようになった。ただの友愛で渡すものではないね」
鈴はわなわなと震えだした。
「そうです。愛していました。愛されていたのです。道ならぬ恋だとはわかっていても」
それは告解のようで、誓いのようでもあった。
「だって、花琳様だけだったから。奴婢だった私にやさしかったのは」
奴婢とは身分階級の最底に属するもの、いわゆる奴隷だ。
奴婢は姓をもたない。だが、女官として後宮にいれるのに、姓のないものを連れていては外聞がよくないということで、ありふれた姓である「李」を与えたのだろう。
「奴婢として黄家におつかえし、家畜のような扱いをされていた私に花琳様だけは、食べ物をわけてくださった。歌を教えてくださった。花琳の"琳"にちなんで、鈴というなまえも与えてくださった。でも、後になって知ったのです……」
重い息をついてから、鈴は続けた。
「花琳様も一緒だと。良家の小嬢さまで、華やかな服をまとい、よいものを食べていても、彼女もまた、黄家の奴婢にすぎなかったのです」
そこで、ふたりはつながったのだ。ちぎれた翼を寄せあうがごとく。
「黄妃はすでにきみと婚姻を結んだ身だった。だから彼女は、命を賭けてでも、あの男を拒絶したんだね」
もはや逢えない愛するひとの指をたぐり寄せようとするように耳飾りを握り締めて、鈴は涙をあふれさせる。
「花琳様は……ほんとうに死んでしまわれたのですか」
最愛のひとの死を受けいれられない、受けいれたくないとばかりに彼女は頭をかかえてうずくまる。
「あんなふうに落ちて、つぶれたものが花琳様だなんて、ぐちゃぐちゃになった頭が、折れた頚が、ゆがんだ脚が――花琳様のものだなんて、そんな、そんなの」
紫蓮はやわらかく眥をさげた。
「哀しいことだけれどね、黄花琳は死んだよ。でも、崩れてなんかいないよ。腕も、脚も、頭も。ちゃんときれいに葬ってあげられる」
「で、でも、あんなにひどく」
「だいじょうぶだよ」
紫蓮は一度だけ、ちらりと絳を振りかえる。
「きみの罪を晴らせるよう、いま、彼ができるかぎりのことをしている。もし、できたら、そのときはきみが黄妃を葬ってくれ」
あらゆるものが死にいたる。
その死がいかに穏やかでも、どれほど悲惨なものであっても、死という現実に違いはない。だからこそ、いかに葬られるかが、最も重い、と紫蓮は考える。
死者はよみがえらない。
はなれてしまった魂もまた。
ただひとつ、例外があるとすれば。
「あなたの花嫁にふさわしく、よみがえらせるからね」
残された屍だけだ。
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