12 女の地獄で知更雀(コマドリ)は愛を歌った
「そうか。黄妃は、きみにはこころを許していたんだね」
「……私は、花琳様が幼い頃から側におつかえしてきましたから。花琳様が後宮にあがるずっと昔から、私は黄家の御邸で働いていたんです……」
鈴はよけいなことをいってしまったとおもったのか、頭を横に振り、話をもどす。
「花琳様が大理少卿様になんといわれたのかまでは聴きとれませんでした。ただ、ものすごい剣幕で。おそらくは大理少卿様の求婚を拒絶されたのだとおもいます。一拍後れて、大理少卿様が激昂されて、花琳様の頚に手をかけ――」
想いだすだけでもおそろしいのか、鈴が微かに震えだした。
「私は慌てて階段をあがり、ふたりのもとにむかいました。でも、私が三階についたのと入れ違いに花琳様が落ちていきました」
紫蓮は想像する。知更雀と謳われた妃が落ちていくさまを。
喉を潰された知更雀は歌えもせず、飛べもしない。
いや、もとから人に翼などはありもしなかった。地にたたきつけられ、惨たらしく潰れて、彼女は命を散らした。
「大理少卿様は由緒ある士族の御生まれで、花琳様にとっても申し分のない御相手だったはず……なぜ、頑なに拒絶されたのか」
鈴は頭を振った。耳飾りが揺れる。黄妃と揃いの飾りだ。
「おとなしく、婚姻を結んでいれば、こんなことにはならなかったのに」
紫蓮は瞳を透きとおらせた。
「僕はそうは想わないけれどね。嫁ぐのが地獄ならば、嫁いだあとも地獄だ」
「……女など、端から地獄です」
しぼりだされた鈴の声は低く、命を呪うかのようだった。
「華であれ、鳥であれとばかり望まれて、ひとであることは許されないのですから。花琳様は……彼女は知更雀でも、雀でもなかった。なのに幼い時から歌を強要されて、血を喀きながらも歌って、歌って、また歌って」
歌をわすれたら、捨てられるだけ。
だから、彼女は歌い続けた。
「そればかりか、鳥が喋るはずがないと幼いときから躾けられて」
身をけずり、こころをすり減らせて、望まれるように振る舞い続けた歌媛にゆずれないものがあるとすれば、ただひとつだ。
「女が、命を賭けるとすれば、それは愛だろうね」
お読みいただき、御礼申しあげます。
続きは14日に投稿させていただきます。
黄妃は誰を愛したのか。なぜ、紫蓮はそれに気づいたのか。引き続き、お楽しみいただければ幸いです。