11 牢屋の女官と舌切り雀
犯人を割りだすだけではつかめなかった事件の真実にせまります
斉の後宮には牢獄がある。
後宮で罪を犯した者を捕縛するための牢屋だ。
もとは暴室といい、病を患った下級妃や女官を隔離する施設だったが、ここに入れられたものは例外なく衰弱して死ぬため、死の房室と語られていた。噂に違わず石壁にかこまれた階段には骨にしみるような寒さが漂っていた。
真夏の後宮でもっとも寒いのはおそらくはここだ。
「足許に御気をつけて」
提燈を提げた絳に誘われて、紫蓮は奈落に続くような階段をくだり、地下室の廊についた。結果がわからないため、現段階では再審理がおこなわれていることは女官には知らされていない。死刑を免れたとおもわせてから、再度死刑宣告するようなことはしたくないと絳はいった。
暴室だったときは鍵つきの扉だったが、いまは廊から内部の様子がうかがえるよう、格子がはめられていた。
「やあ、きみが李鈴かな」
牢屋のなかで項垂れていた女官が視線をあげた。酷い尋問を受けたのか、あちらこちらに擦り傷ができて血が滲んでいる。
「黄妃に頼まれて、きみの話を聴きにきたんだ」
「花琳様に……で、でも、花琳様は」
鈴は戸惑いをあらわにした。
「そうだね、命を落としたよ。喉を絞めあげられてね。きみはそれをみたんだろう?」
鈴が唇をひき結んだ。肯定だ。
「……誰も、私の話など、聴いてはくださいませんでした」
鈴の声からは、底のない絶望が滲みだしていた。
「僕が聴くよ。だから、もういちど、語ってはくれないか。なぜ、きみが冤罪をかぶることになったのか。黄花琳妃が殺されたときのことを、できるかぎり詳しく」
鈴は視線を彷徨わせてから、ぽつぽつと事件の経緯を喋りだした。
「黄昏時でした。私は庭の掃除をしていました。三階の廻廊で男人の声が聴こえて、お客様かとおもい、みたら、花琳様と大理少卿様がおられて」
「大理少卿とは、もとから面識があったのかな」
鈴が眉をひそめた。
「ええ、まあ。……大理少卿様は二ヶ月程前から、花琳様に言い寄っておられたんです。花琳様は大理少卿様を遠ざけられ、お逢いになるのもいやだと」
ここはひらかれた後宮だ。
身分のある武官文官ならば、好いた妃を妻に娶ることもできる。だが、妃はあくまでも皇帝の所有物だ。妃側の氏族が婚姻を認め、皇帝にかけあうか、官吏が功績をあげ、皇帝が下賜を命じないかぎりは、妃から拒絶することもできるはずだった。
「最後にお逢いしたとき、大理少卿様は花琳様の親に掛けあうと仰せになられていて」
「ああ、氏族を取りこまれては妃に拒絶するすべはないね」
「左様です」
妃といっても女だ。
女は貢物で、飾り物だった。
氏族にとって有利な縁談ならば、女の想いなどは関係なく進められていく。
「そのとき、花琳様の御声が聴こえて。大理少卿様もさぞや、おどろかれたこととおもいます。花琳様は他人と喋ることをいっさいなさらなかったので」
「ああ、舌きり雀といわれていたとか」
「失礼なうわさです。花琳様は喋れないのではなく、喋らないのですから。……私とだけは、日頃からお喋りしてくださいました」
鈴がわずかに頬をそめて、誇らしげに声を弾ませた。
「そうか。黄妃は、きみにはこころを許していたんだね」
お読みいただき、ありがとうございます。
ひとつ、お星さまやブクマが増える度に喜びの舞を踊っております。今後とも読者様に楽しんでいただける小説を書き続けて参りますので、なにとぞご愛読いただければ幸いです。
続きは13日19時以降に投稿させていただきます。