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97 復讐の死化粧

 復讐は葬式に似ている。

 どれほどに贅をつくして芸妓げいぎに舞を披露させ、馳走をならべて参列者をあつめても、死んだものが喜ぶかどうかはわからないのと一緒で、報復を果たしても死んだものはかえってはこない。とどのつまり、どちらも残されたものが未練を絶ち、みずからを納得させるためのものにすぎない。


 だが、それでよいのだ。


 サイ 綜芳スオウが暗殺された時、ゲン 戒韋カイイは復讐を考えた。紫蓮シレンは想いとどまってくれてよかったと心からおもったが、実のところは、とめるつもりはなかったのだ。それでしか戒韋カイイが終われないのならば。


 幼帝ようてい宰相さいしょうは退室して、房室へやには紫蓮シレンだけが残されていた。


 紫蓮はあらためて、ハク 如珂ジョカの屍と対峙する。宮廷の華だったとは想えないほどにゆがんだ顔――彼女が腹のなかに隠し続けてきた欲望や妬みが、剥きだしになっているような。そこまで考えて、紫蓮は自嘲する。


 罪もなく野心もなかった紫蓮の母親だって、同じ死に顔を晒して息絶えた。なにひとつ、違わない。そのことが、紫蓮は言葉にできないほど悔しかった。


 母親が死んだとき、腐敗し崩れていく愛するひとのすがたを前にして、紫蓮はなにもできなかった。

 いまは、どうすれば復元できるのか、すべてわかる。

 どうすれば強張ってしまった表情筋を緩め、瞼をおろして唇を潤わせることができるのか。腹部から進んでいく腐敗をとめられるのか。


 それは壊しかたもわかるということだ。


 修復したようにみせかけ、葬式の時に敢えて崩れた死に顔を公衆に晒すこともできた。死後に恥をかかせ、名声を貶す。


 きっと、最大の復讐になる。


 紫の眼が燃えたつ。


 皇太妃の死を冒涜したとなれば、紫蓮は死刑に処されるだろう。構わない。父親の死をけがし、母親の死をおとしめたハク如珂ジョカに報いをけさせることができるならば、命などは惜しくはなかった。


 それに紫蓮シレンはもとから死んでいるようなものだ。

 母親が死んだあの時から。


「これが、僕が最期さいごに葬る死になるね」


 紫蓮はまなじりをけっして、医刀を執る。


 その時だ。背後で微かだが、物音がした。


「誰かな」


 振りかえれば、飾り棚に隠れるようにして幼帝ようていがたたずんでいた。幼けなくまるみを帯びた頬はしとどに濡れて、瞼は哀れなほどに腫れている。紫というには濁りすぎた滅紫めっしの眼と視線が重なる。

 紫蓮は我にかえり、慌てて袖を掲げた。


「御越しになられてはなりません、皇帝陛下」


 不浄だとはいわないが、死化粧の過程では毒を扱う。皇帝に万が一のことがあっては取りかえしがつかない。ハク 如珂ジョカのことは怨んでいるが、幼い皇帝まで害するつもりはなかった。


「どうか、他の房室へやにてお待ちください」


「でも、母上様が」


 幼帝はふらつきながら、こちらに近寄ってきた。

 死化粧を施すため、如珂は臥榻しんだいから移されて柩蓋きゅうがいの上に横たえられていた。母親の異様な死に顔を覗きこんだ幼帝は身を強張らせる。


「母上様は死んでしまったのか?」


 背を震わせ、彼は尋ねてきた。紫蓮はこたえることができず、睫をふせる。

 死亡確認はすでに終わっている。呼吸、脈はともに停まり、死後硬直が進んでいた。


「いつもどおりだったのに。難しい書を読み終えたことを褒めてくださって、頭をなでて、ぼくが眠りにつけるまで歌を聴かせてくださって――なにひとつ、前の晩と変わらなかったのに、どうして」


 幼声おさなごえがつぶれる。


 幼帝に真実を教えるつもりは、なかった。

 だが、語ることは、これまで紫蓮シレンが命を賭して貫いてきた信条だ。知らなければよかったと後悔するような残酷な真実だとしても。


 紫蓮はきつく唇の端を結んでから、ほどいた。


「おそらく、毒を盛られたのではないかと」

お読みいただき、ありがとうございます。

連載を続けるなかで、皆様の応援がたいへん励みになっております。書籍化という夢を実現するべく頑張りますので、引き続き、ご愛読いただければ幸甚です。

よき聖夜をお過ごしください。


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小説家になろうに投稿している「後宮食医の薬膳帖」のコミカライズ版がドラドラふらっと♭にて連載いたしております!

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ご一読いただければ幸甚です

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― 新着の感想 ―
[良い点] 紫蓮さんに存分に復讐を遂げて欲しいと思っていたのに。 幼い子供がやってきたらやりづらいですね。 珀如珂は毒殺されたのですか。
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