001 お見合い (アビー)
「後は若いお二人で」
ロマンスグレーの王家の従者はお見合いでお約束のセリフを言い、私の侍女と共に王宮の豪華な応接室から出て行きました。
残されたのは第二王子殿下と辺境伯令嬢の私です。私は12歳で第二王子殿下は1歳年上の13歳、若いというより幼いという言葉の方がしっくりくる私たち。お互い多忙な両親を持つため親は不在のお見合いです。幼いとはいえ貴族の男女を部屋に二人きりにして良いのかと疑問に思いますが、気配を探ると見えない位置から王子の護衛と思われる複数の手練れの気配を感じますし、辺境伯令嬢の私に何かあったとして王家の力でどうにでも揉み消せますので二人きりにしても良いのでしょう。
私がそんな思考をしている間もお見合い相手の第二王子殿下はだんまりです。
本日は私、辺境伯の一人娘アビー・ラバースと我が国リルケのライオネル・リルケ第二王子殿下のお見合いです。金髪碧眼、文武両道、眉目秀麗、リルケの麒麟児と辺境の領地から出たことのなかった私の耳にまでそんな世評が届いていたライオネル殿下ですが、今はつまらなそうな顔を隠すことなくご自身の手を見つめております。前評判の中に温厚篤実などの内面を讃える言葉が含まれてなかったことに納得です。
「・・・」
殿下は一言も発する事なく紅茶を飲みだしました。今日の私は滅多に着ない豪華なドレスを着ており、トイレに行くのも一苦労なので朝からなるべく水分を控えてましたが、これが終わったら後はタウンハウスに帰るだけです。私も紅茶を手に取りました。
「・・・」
さすが王宮の紅茶、とてつもなく美味しい。辺境のど田舎育ちの私では表現することが出来ない繊細な味がします。でもトレーニング終わりに飲む水には負けますね!トレーニング中こまめな水分補給は鉄則ですが、それでも終わった後にがぶ飲みする水は格別に美味しいのです。王宮の紅茶にも勝ってるのが分かりとても嬉しいです。
あぁ早く帰ってトレーニングがしたいです。
「・・・」
まだだんまりです。本来、身分の低い方から話しかけるのはマナー違反ですが、お見合いの場なら私から話しかけても大丈夫とお母様から言われてます。でも私は無口なのです。心の中で思うように喋ったらいいとは思うのですが不思議と声に出して言葉にするとなると難しいのです。
まず話し始めは何を言ったら良いでしょうか。貴族のご令嬢なら窓から見える王宮の豪華絢爛な庭に咲いてる花についてとか話すのでしょうか。困りました。春を迎えたばかりの庭には色とりどりの花が咲いてますが、残念ながらトレーニング三昧の私にはあの花達の名前が一つも分からないのです。以前、従兄弟に好きな花を聞かれた時はポピーと言ってごまかしましたが、実はポピーと他の花の区別がついていないなんて今更言えません。花の話題は無理なのであきらめましょう。
花がダメとなると天気の話でしょうか。今日の天気は曇りなので良い天気とも悪い天気とも言えません。私にとって、今日のような曇りの天気はトレーニングに最適の良い天気なんですが、トレーニングの事は家族以外の方との話題に出してはいけないとお母様より言われているのです。
あぁ早く帰ってトレーニングがしたいです。
「・・・」
本日のお見合い、第二王子殿下が私を気に入らなければ婚約することはないそうです。お父様は余計な野心が無く私に甘いので、第二王子殿下と婚約するために気に入られるよう努力しろとは言われてません。登城する際に馬車が一緒だったお父様は、辺境伯家としては婚約してもしなくてもどちらでも良いし、気が合えばラッキー位の軽い気持ちで変に気取らず顔合わせしたら良いと言ってくれました。
王家側の事情としては、国交を持ちたく無い国に王女が生まれ、婚約者がいない我が国の第二王子殿下に婚約の打診が来たら困るからと第二王子にも婚約者を充てがう事になったそうです。爵位や派閥などの問題をクリアした数多の令嬢の中から第二王子殿下自身で婚約者を選ぶために、爵位の高い順でのお見合いが決まりました。年頃の公爵令嬢は第一王子の婚約者様を始め婚約者が決まっている者しかおらず、侯爵家と辺境伯家の中で派閥等の事情を考慮した結果、私が顔合わせの一番目になってしまったようなのです。
お母様の情報網によると、私の次、二番目を予定している侯爵令嬢はお見合いのために特別なドレスを仕立ててるそうです。先日のお誕生日会のためにお爺様が仕立ててくれたドレスを使いまわしてる私とは気合が違います。
「・・・」
ふと第二王子殿下を見たらあくびを噛み殺してます。私の視線を感じた後は、庭の方を見るふりしてあくびを噛み殺すのをごまかしました。このご様子、“人見知り”や“女性が苦手”など、第二王子殿下が緊張して話ができない状態だという可能性も皆無ですね。
私は平民にありふれた茶色い髪、室内では茶色く見えるオレンジ色の瞳、毎日走り込みを欠かさないせいで日に焼けた肌、自分では気にしてませんが貴族令嬢として誇れる容姿でないことはわかってます。お声をかけてすらもらえないということはまずこの見た目でふるい落とされたのでしょう。
王子妃教育などでトレーニングの時間が少なくなりそうなこの婚約、私としても婚約しない方が都合が良いです。つまらなそうにして関係を繕う事もなく黙りな第二王子殿下からも良い印象は得られてませんし、頑張って話題を考えることはせずにこのまま黙ったままで良い気がしてきました。
あぁ早く帰ってトレーニングがしたいです。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「失礼いたします。お時間となりました」
ロマンスグレーの従者と私の侍女が入ってきました。無言で1時間、長かった。1時間あれば20キロは走れました。もったいない。
失礼の無いようにお母様直伝のお暇の挨拶をします。
「本日はありがとうございました。第二王子殿下のご活躍を心からお祈りいたします」
「あぁ、君も」
別れの挨拶で初めて声を聞きました。これは婚約無しで確定でしょう。今すぐ帰ったら夕方のトレーニングは出来ます。早く帰ってトレーニングをしましょう!




