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 せいぜい丸一日ぐらいだろうと思っていたのだが、想像を超えた返事にさすがのリメラリエもなんと返していいかわからなかった。

「よかったです、目が覚めて」

 疲労を感じる表情で微笑むアキリアに申し訳なく思う。

「ご、ごめんなさい!まさかそんなに寝ることになるとは思わず……、確かに自分の体力を犠牲にした回復術は初めてで、加減がよくわかってなかったのかもしれないけど、アキリア様が倒れたのにびっくりして……」

 よくわからない言い訳を始めた自分に呆れてる。

「ごめんなさい……」

 アキリアの隈は明らかにリメラリエのせいだった。目を合わせるのが気まずく、布団に眼を落とす。


「リメラリエ嬢」

 声をかけられて慌てて視線を上げると、アキリアの表情がはっきり見えた。一見笑っているが、この感じは怒気を感じる。はっきりと。

「家に帰るまでは、一切の魔力の使用を禁止します」

「えぇ!でも!」

「リメラリエ嬢は実践に乏しいことがよくわかりました。これ以上何かあっては困るので、禁止にします」

 何も言い返せず、リメラリエは「はい……」と小さく頷くしかない。


「……、魔力の使い方は誤ると命の危険もありますよね。私は魔力もないですし、知識が足りません。危険がどの程度及ぶか、その判断ができません。リメラリエ嬢を守るための一環だと思って頂きたいです」

 申し訳なさそうに言うアキリアの表情は真剣だ。彼の立場からしてみれば、護衛対象が死にかけたのだ、それぐらい言われてもしょうがない。


「ごめんなさい」

 深々と頭を下げると、アキリアが体を起こすように言う。

「いえ……。でも、最初にお礼を言うべきでした。怪我を治して頂いて、ありがとうございます。私の方は、すっかり良くなりました」

「あ、ほんとですか?ならよかったです」

 リメラリエが嬉しそうに笑うと、アキリアは困ったような笑みを浮かべた。


「一応、ファクトラン大公に連絡は出しています。ただ、数日前に着いたかどうかぐらいだと思うので、まだ返事はありません」

「あー……、そうですよね」

 当然と言えば当然だ。


 と言うことは、即座に帰還命令が父から出る可能性もあるということだ。リメラリエは思わず肩を落とす。旅に出ることすら反対していた父だ。すぐに戻れと言われてもおかしくない。


「この先については、ファクトラン大公からの返事が来てから決めたいと思います」

「はい……」

 

 あぁ、ようやく勝ち取った旅が目的も達成されることなく、帰宅の危機なんて……。自分が完全に悪いのだが、なんとも悲しくなる。


「魔樹の森、……見たかったな」

 すでに諦めたモードに入っているリメラリエをみて、苦笑しながらアキリアが言う。

「安全第一ですよ」

 彼も帰還命令が出ると思っていたため、そう言ったのだろう。



 しかし、二日後に届いたファクトラン大公からの返事は二人の予想と違うものだった。

 大公は、彼女の性格をよく理解していた。一度決めたら昔からそれをやり遂げようとするため、今回の魔樹の森へ行くことは、帰宅したとてまた行くと行って聞かないだろうと。

 だから、ニルドール卿には申し訳ないが、体調を見ながら魔樹の森まで、同行願いたいと書かれていた。

 ただし、リメラリエ自身が行くことを諦めた場合は、その限りではないとも書かれていた。彼女自身が諦めたのであれば、帰還を……と書かれていた。



 アキリアは横目でリメラリエをちらりとみた。リメラリエの顔は水を得た魚のように、急に目が輝き出し、軽く拳を握ってやる気満々だ。

「……行くんですね?」

 念のため聞いてみた。もしかすると、帰れることを喜んでいると言う可能性もなくはない。

「当たり前じゃないですか!父もこう言ってくれてますし!」

 許しを得たのにこの機会をみすみす逃すわけがないと言わんばかりの表情である。それはそうかとも思う。


 この二日の間で、リメラリエが寝ていた時の様子について話してくれた。

 一面水面のようなところにいたと。


 彼女はそれを「サンズノカワ」と言っていたが、何のことかはよくわからなかった。何か過去に読んだ本の知識かもと言っていたが、あまり聞いたことのない発音だった。


 どちらかと言うとリメラリエが話してくれたそれは、死の境界面だ。

 死と生を分ける境界。生とは苦しみを孕むもの、まるで水の中でもがき苦しむこと。死とは無。何もないと同じ。何方を選ぶかは本人次第。

 彼女は死ぬ可能性があったと言うことにぞっとした。


 死の境界面の話をすると、リメラリエはなるほどと言う顔をしただけで、あまり恐怖を感じた様子がない。

 それを見るとファクトラン大公が旅の前に言っていたことを思い出す。その心配は最もだなと、アキリア自身も思う。


 リメラリエはあまりにも生きていることに執着がなさすぎる。死んでしまっても、まぁそんなものかと受け入れてしまいそうな節がある。

 ただ、馬車の事故では死に対する恐怖自体は感じているようだった。とても曖昧な部分にいるのかもしれない。

 だからこそ、死の境界面が見えたのかもしれない。



***



 ファクトラン大公からの許可もあり、リメラリエの希望を受け入れるほかなかったため、二人は旅を続けるための準備を整えると村を出ることにした。


「出来るだけ移動を手早くします」


 と言うアキリアの宣言通り、以降の移動は馬になった。しかも、二人乗り。

 

(……、近い、速い、近い!怖い!!)

 リメラリエは今にも目を回しそうだった。とにかく馬に乗り慣れていないのに、先日と違い馬は速いスピードて駆けている。手綱を握ったアキリアがすぐ後ろにおり、背中に彼の熱を感じるぐらいなため、いくら行き遅れのリメラリエでも緊張と羞恥心がある。なるべくアキリアに触れないようにとガチガチに固くなるほど、変に意識してしまう。

 

 とにかくアキリアを視界に入れたくなくて、ぎゅっと固く目を閉じ下を向く。

(落ち着きなさい!リメラリエ!相手は屈指のイケメンなんだから、あなたのことなんてこれっぽっちも意識しないから!)

 そんな風に何度言い聞かせても、少し視線を動かすだけで、アキリアの腕が左右にある。

(ダメ。……変なこと考えず、無になろう)


 そんなことを思いながら、少し悟りを開けそうになったところで、アキリアが心配そうに声をかけてきた。

「大丈夫ですか?下を向いているよりは、上を向いていた方が気分は良くなると思いますよ」

 あまりにじっとして動かないリメラリエが、気分が悪くなったと思ったようだ。

(むしろアキリア様こそ動かないで!)

 などと失礼なことを考えながらも、少しだけ顔を上げて、視線を上に上げてみる。


 すると、目の前はいつの間にか花畑になっていた。

「ええ?!綺麗……!」

 淡い青色の小さな花が一面に咲いているところが、ずっと遠くまで続いている。馬で駆け抜けていると言うのに、光景が変わらない。

 少しだけ馬の走る速度が落ちた気がする。

「この辺りに群生している、ロスフィアと言う野花で、今の時期に一斉に咲く花です」

 アキリアがあっさりと説明する。


 青い小さな花が一面に咲いている様子は本当に綺麗だった。今日は天気もよく、雲一つない青空だ。


 本当に気持ちの良いほど、綺麗な景色だった。


 そしてまた、少しずつ蹄の音の間隔が狭くなる。リメラリエは、思わず振り返った。

「ありがとうございます、アキリア様」

 アキリアは僅かにリメラリエに視線を落としたが、すぐに前方に向き直る。

「……何がでしょう」

「急ぐと仰ってたのに、寄ってくださったんでしょう?」

「……偶然です」

 アキリアの固い返事にリメラリエは頬が緩む気がしたが、それ以上は追求しないことにした。



 それからの日程はとても順調だった。

 天候にも恵まれ、雨が降ることもなく、アキリアの立て直した予定通りに進むことができ、念願の魔樹の森の前まで来ることができた。待ち望んだ場所を目の前に、リメラリエの心は、不思議な気分だった。

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