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 そして、私は後悔した。



 その日何とか夕暮れ近くに、休憩する予定の村にたどり着いた。宿の部屋も空きがあり安心したところで、アキリアが倒れた。

 宿の恰幅の良い女将が部屋を案内してくれようとし、リメラリエが先に歩き始めたのだが、後ろから大きな音がして振り返ると、そこにアキリアが倒れていた。


「アキリア様?!」

 慌てて駆け寄ると、フードに隠れたアキリアの顔は真っ赤で、額にはじんわりと汗をかいており、息が荒い。

 ハッとして、フード付きのマントを慌てて剥ぎ取り、その下に着ていたシャツも無遠慮に脱がせると思った通り、左肩が赤く腫れ上がり熱を帯びている。この影響でアキリアの体調もずっと悪かったはずだ。

 それを無理矢理我慢し、リメラリエの無駄話にも付き合ってくれ、今日の日程をなんとか進めようとしてくれたのだ。

 すでに意識が朦朧としているようで、リメラリエに何をされても反応がない。


「すみません部屋に運ぶのを手伝ってもらえませんか?!」

 宿屋の女将も心得たようにすぐに、体格の良い主人を呼んでくれ、アキリアを部屋に運んでくれた。

 汗を拭くための桶とタオル、水差しとコップを借りて、部屋には寝台に眠るアキリアと二人きりになった。

 

(申し訳なさすぎる……)


 リメラリエはひとまず、彼の額や体の汗を拭く。このままにしておいては悪化してしまう。ある程度拭き終わると、リメラリエはアキリアの左肩の部分を確認する。強く打ち付けたところが青紫色になっていて、熱を帯びている。

 アキリアの表情は苦しげに歪んでいるのを見るとよく今まで我慢していたなと思う。


 確認を終えるとリメラリエは、そっと自分の右手を青紫色になっている一番症状が酷いと思われる箇所に乗せる。さらに上に自分の左手を重ねた。

 リメラリエの右手とアキリアの皮膚の触れた部分から淡い青白い光が漏れ出す。その光は徐々に溢れ始め、眩しいと感じるほどになる。

 光の強さと共に、じわじわとアキリアの体の状態が変化する。まずは青紫色になっていたところから青みが退いていく。赤色が強く出るが、それも光と共に徐々に淡い色へと変わっていく。


 一方のリメラリエの方が、顔色が徐々に悪くなって行き、表情も固く、辛いものへと変化する。まるで彼女の体から何かが放出されるかのように、腕に力を込める。


 実際、リメラリエは自身の内にある魔力を大量に動かしていた。また、アキリアの怪我の状態を回復させるために、自らの体力を消費することにした。

 一日中馬に乗っていたとはいえ、リメラリエはそこまでの疲労度ではなかった。慣れないことのため常に緊張していたが、アキリアのために今身近で使えるエネルギーはこれしかないと考えたのだ。

 魔力はただの媒体であり、なにかをしたいのであれば、そのために消費するエネルギーが必要である。この村の中で勝手に何かをエネルギーとして、使うわけにもいかない。道中の森であれば大量の生命エネルギーがあったため、リメラリエの体力を消費せずとも回復できたかもしれないが、今はそれどころではない。

(私の体力なら、寝れば戻るし)


 そう考え、リメラリエはアキリアの傷が癒えるまで魔力を使って回復術をかけ続けた。

 すると、アキリアの体の状態は徐々に正常な状態へと戻って行き、厳しい表情だったものも、落ち着きを取り戻し、穏やかな寝息を立て始める。

 

 その様子に、リメラリエは安心した。その瞬間、ガクッと腕が崩れて、寝台に突っ伏した。辛うじてアキリアへの頭突きは避けた。

 

「しまった、……動けないや」

 よく考えてみると自分の体力を犠牲に回復術を使うのは初めてだった。いつもは植物の生命エネルギーをもらったりして、軽いものしか回復してこなかった。色んなことが初めてで加減ができなかったらしい。

「まぁ、いいか……」

(床に倒れた訳じゃないし)


 結局、リメラリエは床に膝をついたまま、アキリアの眠る寝台に頭を伏せる形で眠ってしまった。



***



 鳥の何度目かの囀りで、アキリアはバッと身を素早く起こし、自分の状況が分からず身構える。が、すぐに自分は布団を着て、寝台の上にいることに気がつく。服は昨日のままだが、何故か妙にはだけている。ただ、不思議なことに左肩の痛みが全くない。あれだけの痛みと熱を帯びていたのに、まるで怪我などなかったような様子だ。動かしてみても違和感がない。

 しかし、腕を動かし、視線が動いたことで、左側の枕元に蜂蜜色のふんわりとした髪があることに気がつく。

 ハッとして思わず一旦距離を取ると、気持ちよさそうに眠っているリメラリエの顔があった。座るように眠っている姿を見て、思い至る。


「魔力を使ってくれたのか……」

 そして、アキリアは慌てて寝台からおり、リメラリエのマントだけ外すと、抱き上げた。床に寝かせたままなど、許されるわけがない。

 自分が寝ていた寝台にさほど汚れがないことだけ確認すると、そっとリメラリエを横たえる。それだけ動かされても、静かな寝息を立てたまま、眠り続けている。そっと布団をかけると、リメラリエは気持ち良さそうな顔を見せる。


 自分の不甲斐なさにため息が出る。本当であれば、互いに部屋に入るまでは保つと思っていたのだ。部屋に一人になったら、応急処置をしようと思っていたのだが、想定していたより酷かったらしく、途中で意識が途絶えた。


「情けない……」

 深いため息をついてから、アキリアは近くにあった丸椅子に座る。周りを見ると最低限運んできた荷物も部屋の隅に全て置かれている。

 窓の外を見れば馬も繋がれているのが確認でき、一息つく。


 この旅に出てから、自分はなんの役にも立っていないのでは?と言う気になる。あれだけ事前に時間を取った割に、まったく意味がなかったように感じる。とにかく自分の判断が良くない。

 もう一度大きくため息をついた。


 テーブルに置かれていた水差しから水をコップに注ぎ一気に飲み干す。喉がだいぶからからだったようで、生き返る気分だ。

 すると、コンコンと遠慮がち扉がノックされる。


 アキリアが扉を開けると、外に立っていたのはこの宿の女将だった。

「おや!もう大丈夫なのかい?昨日あんなに派手に倒れたのにもう回復したなんて若いもんだね!」

 その言葉に少し苦笑する。

 本当はリメラリエ嬢が回復術を使ってくれたのだが、黙っておこう。 

 よかったよかったと言った女将は、ずいっとお盆を差し出す。上には二人分の朝食が乗せられていた。

「よかったら食べとくれ、サービスだからね。元気で安心したよ」

 お盆を受け取るとバシバシと左肩を叩かれたがなんともない。ありがとうございますと礼を言い、扉を閉めた。

 受け取った朝食はテーブルに置き、再び丸椅子に腰掛けると、穏やかに眠るリメラリエをじっと見つめた。

 

 歩きながら話をしていたときにも感じていたが、リメラリエ嬢は少し変わっている。

 世間で言われるのは後ろ向きな言い方だが、それとは違う意味で変わっていると感じていた。どちらかと言うと好意的な意味で。アキリアの周りには居なかったタイプの令嬢だ。


 すやすやと眠っている彼女を見ていると心の波が落ち着いて行く。もう少し見ていても許されるだろうか。そんなことを思いながら、彼女が起きるのを待った。



 ***



 リメラリエは一面薄い水が張ったような場所にいた。白いワンピースを身につけて、足は裸足だったが、あまり違和感はなかった。

 薄い青色の世界にぼんやりと立つ。


 あぁ、何か忘れてる。


 そんなことを思うと、少し遠くに誰かがいた。

 見たことがある、見慣れた姿だった。


 黒髪に黒い瞳。

 かっちりとしたビジネススーツに、少し高めのヒール。焦茶色の皮の鞄の中は知っている。会社のPCと、ミネラルウォーターのペットボトル。少ないメイク道具の入ったポーチ。


 懐かしさに笑みが零れる。

 でも、もうわかっているのだ。

 私は今は彼女ではない。

 考え方の影響はまだ強く受けているけれど。

 私は、私だ。

 思い出すことはあっても、今の自分の帰る場所は知っている。


「あれ、でも、まさか、これ、三途の川的なやつ?」

 周りを見渡すが、特に何もない。ただ、鏡のような水面が続いている。いつのまにか懐かしい姿も消えている。

「……、川広すぎじゃない?」


 歩いてみると、ぴちゃりと水の音がする。

 よくできてるなと思いながら目的も決めずに歩いてみる。

「私、死んじゃったのかな」

 音は反響しない。声はそのまま消えていく。

不思議な空間だった。

「アキリア様が助かったならいいかな?」

 でもリメラリエが死んでしまったら、アキリアは臨時とはいえ護衛騎士だったので不名誉な噂をうけることになるかもしれない。

「それは申し訳ないな……」

 

 歩き続けても視界は変わらない。

 どこまでも続く水面は何に例えればいいだろう。

 

「……魔樹の森、見たかったなぁ」

 心残りがあるとしたら、それだけだ。


 すると途端に、足元が白く光り始める。

 急に落下するような浮遊感と水の中に落ちたように感じて、恐怖に目を強く閉じた。


 

 ハッと目を開くとそこは寝台の上で、水も落下もなかった。

「……あ、れ……」

「リメラリエ嬢!」

 急に大きな声で名前を呼ばれて、ゆっくりと聞こえた方へ目をやると、そこにはアキリアがいた。


 明らかに寝不足で目の下に隈がある。せっかくのいい男が台無しだ。そんなことをぼんやり思っていると、アキリエは心底安心したような顔をしていた。

 しかし、すぐに立ち上がるとリメラリエに水の入ったコップを手渡す。

「喉が乾いていませんか?何か食べれそうであれば貰ってきます」


 そういえば、喉はひりついているし、お腹も空いているような気がする。

「私、どれぐらい寝ていたんですか?」

 その言葉に、アキリエは困ったように微笑みながら答えた。

「5日間ですよ」

「……、え?」

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