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 よく考えるとこれまでの旅の道のりでは、馬車の中と外で分かれていたため、特に会話はなかった。馭者としても動いていたアキリアは必要な時だけリメラリエに声をかけた。

 しかし、今は状況が違う。すぐそばにいるのに会話がないと言うのも、時間が経つにつれて気まずくなってくる。

(待って、そんなこと思ってるの私だけかも……)


 彼はあくまで護衛騎士として同行しているだけで、話し相手をするために一緒にいるわけではない。リメラリエとの会話など特に求めていないことは、十分に考えられる。むしろその線が濃厚だ。

 気にするだけ無駄だと思いながら、ぐるぐると頭の中を変な考えが巡る。そんなことを思っているうちに、アキリアが突然の物凄く申し訳なさそうに口を開いた。


「……リメラリエ嬢、……申し訳ありません。肝心なことを確認せずに進み始めてしまいました」

 そう言いながら、ゆっくりと歩みを止めた。

「な、なんですか……」

 アキリアは不安げな顔でリメラリエを見上げる。なかなか彼らしくない表情な気がして、身構える。


「このまま、予定通り魔樹の森へ向かってよかったのでしょうか……?先程の命の危機を感じたと言うのに、何も考えず目的を遂行する方向に考えていました……。一度屋敷に戻られた方がいいのではないですか?」

 アキリアの表情は物凄く真剣だった。不安げな瞳が揺れている。だが、思いもよらない言葉にリメラリエは思わず吹き出した。

 リメラリエが笑い出したことに、アキリアの表情が次第に剣呑なものに変わっていく。

「私は真剣に聞いているのですが……」

 声もいつもより若干低い気がして、リメラリエは慌てて声を上げる。

「あ、あの違うんです!なんかもっと深刻なとこなのかと思って」

「……深刻ですけど?」


 目が笑ってませんアキリア様。

 

 慌ててさらに言葉を続ける。

「い、いえ!私も魔樹の森へ行くことをやめるつもりはなかったので大丈夫です!このまま行きましょう!問題なしです!」

 そう言って首を縦に何度も振って見せると、ようやくアキリアはホッとしたような表情を見せた。

「いつもの仕事とは違うのに、いつも通りの考えで予定の立て直ししか考えず進み始めてしまって……。歩いている間に、ようやく別の考えに至って……。目的が変わっていないならよかったです。変える場合はすぐに言ってください」

 アキリアの申し訳無さそうな物言いに、リメラリエは何度も頷いた。

 

(いい人だなぁ……)

 そんなことを思いながら、リメラリエはせっかくなので世間話を始めてみることにした。


「アキリア様は、騎士になってどれぐらい経つんですか?」

 リメラリエの質問にアキリエは淡々と答えてくれる。

「丁度10年ぐらいですね」

 リメラリエにはそれが短いのか長いのかもよくわからなかった。そのままなんとなく連想して質問を続けてみる。

「アキリア様って何歳でした?」

 そう言えばそんなことも知らないなと思った。護衛になってくれた人の素性は聞いていても年齢など聞かない。

「今29ですよ」

「奥様は?」

「結婚していないので」

 それは聞いておいてなんだが、意外だった。大公家の子息で20台後半、もう30に差し掛かると言うのに未婚。リメラリエほどではないが、なかなかいない。


 この国では女性も男性も16で成人とされる。男性はだいたい20歳頃までには婚約し、そのまま結婚することが多い。

 30歳に近いアキリアが結婚していないことは珍しい。婚約もしていないのか、はたまた何か事情があったのか。自分のことも考えると聞かずにそっとしておこうと思う。

 

 改めてアキリエの容姿を見るが、騎士なのにがっしりしすぎずすらりとした長身に、整った顔立ち、さらりと揺れる銀髪に、切の長い青い瞳。どう考えても引く手数多だ。

「……あの、あまりに見られると、どうしていいか、困るのですが……」

 あまりに興味深気にジロジロ観察しすぎたらしく、アキリアは視線を不自然に動かしていた。ついでにちょっと耳も赤いかもしれない。

「ごめんなさい。アキリア様だったら若いご令嬢が見逃さないだろうなと思って不思議だったのでつい」

 素直にそう言うとアキリアは苦笑して首を横に振る。

「そんなことないですよ」

「またまたそんなご謙遜を」

「本当ですよ」

 リメラリエの言葉にあっさり答えるアキリアに不思議に感じる。しかしそれ以上深追いはせず、思い付いた質問を次々として行く。アキリアも暇だからだろうと思っているのか、くだらない質問に付き合って答えてくれる。

 

「今まで一番美味しいと感じた食べ物はなんですか?」

 唐突な質問にも少し笑いながら答えてくれる。

「食べ物ですか?……そうですね、初めて自分が狩りで取ったウサギですかね……?」

 あまり食べ物に頓着はないと見た。

「初めてって言うと、小さい頃ですか?」

「えぇ、子供時代ですね」

「子供の頃はどんな子でした?」

 アキリア少し目を伏せて答える。

「……寂しがりやだった気がします。リメラリエ嬢はどうでした?」

 聞き返され、少し小さな頃を思い出す。子供の頃は早く大人になりたかった覚えがある。

「なんでも母の真似をしたがる、早く大人になりたくて仕方なかった、そんな子供でした。その頃は、大人になって綺麗なお姫様になることが夢だった気がします」

 少し前世と混同している気もするが、きっとさして変わらないはずだ。

「大公令嬢であれば、十分お姫様では?」

「そう言う問題ではないですよ」

 ただリメラリエの言うお姫様像とアキリアの言うお姫様像に乖離がある可能性は否定できない。


「リメラリエ嬢は、魔樹の森に行った後はどうしようと思われてるんですか?」

 リメラリエは少し答えにつまる。とにかく魔樹の森を見に行く事しか考えていなかった。その後どうするかは、正直あまり考えていない。

 何故ここまで惹きつけられるのか、自分自身疑問に思わなくもない。

「これと言った考えはないですね……。ただ、これ以上両親に迷惑をかけるわけにはいかないので、何か生きる術でも見つけないといけないですね」

 そう言ったリメラリエにアキリアは不思議そうだった。

「ご両親は迷惑だとは思っていないのでは?」

「うーん、まぁ、そうかもしれませんが、成人過ぎて大分経ちますし、そろそろ自分で生きていかないとかなぁと」

「ご結婚されるんですか?」

 アキリアの言葉にリメラリエは思わず声を出して笑う。

「こんな行き遅れの私が結婚なんてできるわけないじゃないですか!しかも結婚は、自分で生きることにはなりませんよ」

「じゃあどうするのですか?」

 アキリアは心底わからないというような声色だ。


 この国の女性は、ほぼ一人で生きていくことができない。貴族女性しかり、平民女性しかり。常に男性の力があって、生活が成り立つ状態だ。

 前世の記憶が蘇ってからその状態に疑問を持ちながらも、どうしようもないことだとも思った。国の根本的な考え方や決まりや慣習を変えるのはとても難しい。


 前世であれば、仕事さえあればお金を手に入れて住む場所も自分で決めて、ある程度一人で生きていくことができた。

 この国で一人で生きていくにはどうしたらいいだろうか。


「そうですね、確かにこの国で女性が一人で生きていくのはとても難しいですね……。でも、せっかく魔力もあるので、一人で生きていくことを考えてみるのも楽しいかもしれませんね」

 そして、リメラリエはハッとした。今の今までとんでもないことを忘れていた。

「さっきの馬車の事故のとき、私、全く魔力を使うことを思いつきませんでした……」


 魔力を使うことを思いつけば、もっと衝撃を緩めることや、そもそも倒れることを防ぐことができたかもしれない。同時にそのときの恐怖心が思い出される。

 魔力を持っていてそれを使うことが出来ても、咄嗟のときに使えないと言うことは身に着いていないと言うことだ。

 軽くショックを受けて沈んでいると、すぐにアキリアは声を掛けてくれる。

「騎士でも最初の実戦ではまともに戦えないものです」

「……、アキリア様もそうでした?」


 そっと目を逸らされた気がする。出来る人にはわからないやつだ。そんなことを思いながらふと、恐怖と共に思い出すことがあり青ざめる。

「アキリア様……、左肩……」

 あの時たしかにアキリエはリメラリエを庇い左側を強く打ち付けた筈だ。なんともない顔をしているし、何か手当てをした様子もなかったが、大丈夫なのだろうか。

 呟いたようなリメラリエの声が届いたらしい。

「少し痛みはありますが、大丈夫ですよ」

「じゃあ見せてください」

「いえ、今は時間が惜しいので先に進みましょう」

 有無を言わせない物言いに、リメラリエはそれ以上何も言えなかった。今確認するのは諦めて、休み場所に着いたら必ず確認させてもらおうと心に決めた。


 次第に小雨もすっかり止み、空は少しずつ青空が見え始めた。それは、リメラリエの心の内の状態とよく似てるようだった。

すみません、少し短いです。

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