番外編1
すみません、くだらない番外編です。。。
バタンと大きな音をたて、ノックもせず入り込んできたのは、愛しい人だった。珍しく怒った様子のリメラリエがアキリアの執務室に入ってきて、バンと机を叩く。後ろではもう諦めた顔をしたマリーが控えている。
「一緒に行ってくださらないと、家出します!」
「今すぐ行きましょう」
珍しい形の我儘にアキリアは真剣な顔で即答した。
「おい。前後関係不明すぎるのに即答するな」
額を押さえた護衛騎士のザイが首を横に振る。
「リメラリエが行きたいなら行くだろ」
「いや、甘過ぎだろ」
ザイが突っ込みをいれるがアキリアにはあまり響いていない。むしろ珍しく我儘を言ってくるリメラリエにどこか嬉しそうだ。
「とりあえずせめてどこに行くのかぐらい聞こうぜ?」
ザイの言葉にリメラリエが口を開く。
「温泉です!」
「オンセン?」
相変わらずたまにリメラリエは聞いたことのない単語を話すことがある。
「西のアタメールと言う街に、天然のお湯が出る浴場があると聞きました」
興奮気味に話すリメラリエに、アキリアはアタメールについて思い出す。観光を主に生業としている都市で、確かにそう言う施設があったような気がする。
「温泉じゃなかった、お風呂はいいです!天然のお湯となればなおさら癒されます!」
力強く訴えてくるリメラリエに、アキリアはなるほどと思う。結婚してからわかったことは、リメラリエは大のお風呂好きということだった。毎日お風呂に入らないと気が済まないらしい。
「それに、最近の殿下はお仕事漬けでちょっと疲れた様子がお顔にも出てます」
その自覚はあった。睡眠時間を削って公務をこなしているときもあり、若干疲れてはいた。それでも、毎日を乗り切れるのは目の前にいる、愛しい人のお陰だと思っていた。
「体を壊しては意味がありません。強制的に明日は休暇です!」
ビシッと指を突きつけられても、全く嫌な気はしない。細い人差し指を捕まえて、キスを落とすと逃げられた。
「と、とにかく、絶対ですからね!」
言いたいことだけ言って出ていったリメラリエに、侍女のマリーが主人のことを謝って出ていった。
「どうするんだ?」
パタンと閉じた扉をみてザイが聞く。答えなんて聞かなくてもわかるだろうに。
「行く」
「お前はホント妃殿下を前にすると頭弱くなるよな」
「他の答えは持ち合わせてない」
「はいはい。じゃあ、ここまで終わらせてかないと後が辛いぞ」
ザイがそう言って、執務机の上の書類の区切りを示す。まだ結構ありそうで頭が痛くなる。それでも、リメラリエと出かけるためだと思えばそれはそれでやる気が出た。
それからものすごい集中力を見せ、ザイの示した束の書類を片付けた。
次の朝、わざわざリメラリエの方からアキリアの私室にやってきた。昨日はあれだけ勢いがあったにも関わらず、心配そうな表情だ。
「行けますか?」
何故かアキリアではなくザイに聞いているのは不満だ。
「行けますよ」
ザイが笑って答えるとリメラリエはようやくホッとしたようだった。ちなみに結婚してからは、リメラリエの護衛にはイクトをつけた。リメラリエ自身が慣れている人がいいと言ったからだ。音がしないためわかりにくいが常にリメラリエについている。なんならカイトもつけたままだ。こちらも姿は見えない。
「アキリア様、今回はお忍びですよ」
確かによくみるとリメラリエの格好がいつもよりシンプルだ。髪型も頭の上で縛っているだけのものであまり見慣れない。首元はすっきりするが、揺れる蜂蜜色の髪が可愛い。
「では、少し用意しましょう」
トランドール国内の西側に位置するアタメール。海に近く海産物と観光を主な収入源としている街だ。アキリアもリメラリエも来たのは初めてで、独特の植物や建物の違いに驚く。
リメラリエから見るといかにも観光地というような、椰子の木のような植物もあり、不思議な感じがする。
そしてリメラリエの求める温泉施設があった。アタメールには、温泉施設がたくさんあるようで、川沿いにいくつもその施設が並んでいた。大勢です入る公共の浴場という感じではなく、小さな浴室が沢山あるらしい。この世界的の人たちはあまり、お互いに肌を晒すようなことはしないようだ。
「こちらが予約している施設です」
そう言ってマリーが立ち止まる。
目の前の建物は、リメラリエにとってはなんだか、懐かしくなるような和風っぽい雰囲気の建物だった。
「珍しい、東国風の建物だ」
「東国風?」
「ええ。ずっと東に行くと少し文化圏の違う国があって、そこの建物の様式とよく似ている気がします」
中に入ると靴を脱がなければいけないことまでよく似ている。この世界にきて建物内で靴を脱ぐことは少ない。
リメラリエは前世の記憶で戸惑わないが、ザイやアキリアは若干戸惑っている。ちなみに1番自然だったのは、イクトだ。なんか最初からそんな気はしてた。温泉旅館的な雰囲気にリメラリエはテンションが上がる。
「では、アキリア様ゆっくりしてきくださいね」
早く入りたすぎて、アキリアにそう告げると首を傾げられた。
「一緒に入るのでは?」
「一緒に?」
リメラリエは、ボンッと頭が弾けた気がした。真っ赤になってぶんぶんと首を横に振る。
「入りません!!」
「そうですか」
明らかにつまらなさそうな顔をしたアキリアに温泉の良さを訴える。
「ゆったり入ると絶対に疲れが飛んでいきますから」
「リメラリエと入った方が癒されると思いますが」
「入りません!!」
怒ったリメラリエがアキリアを置いて、歩き出す。その後ろをマリーとイクトがついて行く。
「……、一緒に入れないのか?」
「完全に拒否られてたのにうちの殿下はめげないですね。今日はそう言う浴室は予約してません」
「それは、マリーが予約したからか」
「まぁ、そうっすね」
「なるほど」
歩きはじめても、何か真剣な表情で考えている顔をしていたが、碌なこと考えてないなとザイは思った。
リメラリエは自分用の浴室に来て声にならない感動の声を上げた。そこにあったのは小さいながらも檜風呂だった。いや、檜ではないだろうが、似たような良い香りのする木だった。お湯は透明で綺麗だったが、手を入れてみるとつるりとした温泉特有ものを肌に感じる。
「すごい!」
「すごいですか?城の浴室の方が大きいですし、いいのでは?」
「マリーはわかってないなぁ!一緒に入ろうよ!」
「何を仰ってるんですか」
「え、だってマリーもはいったことないんでしょ」
何度も誘って見たが自分の主人と入るなんてありえませんと断られた。
諦めてドレスを脱ぎ捨て1人で檜風呂へ向かう。当然と言うべきか、窓はない。残念ながら外の景色が見えるようなタイプではないようだ。
ゆっくりとお湯に足をつけるとその暖かさにホッとする。肌に触れるたび普通のお湯とは違うつるつるとして感触に頬が緩む。
「気持ちいい〜」
露天風呂とかあれば最高なのにと思いつつ、たぶんこの国の常識的にありえないなとも思う。
一方のアキリアも早速浴槽に身を沈めていた。その様子をザイが眺めている。
「確かにとても気持ちいい」
よくわかならないが木の香りが外を感じさせ目を閉じて入っているととても寛ぐ。そして、このお湯も城で入るお湯とは明らかに違って、肌につくとすべらかになる気がする。
「けど、リメラリエがいないのがつまらない」
「どう言う感想だよ」
若干ツッコミにも疲れてきたのかザイの言葉に鋭さはない。
「次の予約をしていこう」
「嫌がられるぞ」
「人間は褒美があった方がよく働くだろ?」
「お前には褒美でも妃殿下には苦行だろう」
「リメラリエは優しいから」
訳の分からないことを言って目を閉じるアキリアに、ザイももう何も言わなかった。
リメラリエが言っていた通りに、アキリアはこのお湯の気持ちよさに浸った。城のお風呂と変わらないだろうと思っていたが、全然違う。何が違うのかわからないが、全身がしっかり温まっていくのを感じる。思わず目を閉じるとそのまま眠ってしまいそうだった。
「おい、アキリア大丈夫か!?」
心配そうに肩を揺すられハッとした。本当に眠っていたらしい。
「大丈夫だ……」
ぼんやりとしながら、湯船から上がると立ちくらみがして、ザイに支えられる。
「大丈夫か?」
「……、ダメだ」
リメラリエが上がると、ザイが声をかけに来た。
「すみません、殿下がのぼせてしまって、部屋を借りましたのでそちらで少し休んでから帰りましょう」
もともと一日だけの休暇の予定だ。また魔道具で帰らなければならない。
借りたと言う部屋に来て驚いたのは、そこが完全に和室だったからだ。イクトをみると無表情ながら顔が輝いている気がした。
和室だがソファが置かれており、組み合わせは謎だったが、こちらの文化に合わせてあるのかもしれない。ソファに横たわっているアキリアの姿を見つけて声をかける。
「アキリア様、大丈夫ですか?」
「すみません」
「いえ、注意事項をお伝えしておけばよかったです。体調はどうですか」
「少し落ち着いてきましたので、戻りましょうか」
アキリアが起きようとするので慌てて止める。
「もう少し休んでいきましょう。何かあっては困りますから」
リメラリエはそう言って、ソファの側に座り込む。アキリアが止めようとするとので笑って返す。
「この床は、畳ですから。素足で歩くのもきもちいいですし、なんならこのまま寝そべってもいいものなんですよ」
「そうでしたか」
「せっかくお休みしてもらおうと思ったのに、私だけ楽しんでたみたいでごめんなさい」
「いや、湯船に浸かっているのはとても気持ちよくて、……そのまま眠ってしまったんです」
恥ずかしそうにそう言うアキリアに、リメラリエが驚く。
「そうだったんですか。湯船で寝てしまうのはとても危険なので気をつけてくださいね」
「そうですね。気をつけます。……、また一緒にきませんか?」
温泉を気に入ってくれたのだと嬉しくなり、リメラリエは頷く。
「もちろんです」
嬉しそうに笑うリメラリエに、アキリアは少しだけ微笑んだ。
「体が温まっているととても良く眠れるので、お城に帰ったら早めに寝られるのが良いと思います」
「一緒に寝てくれないんですか?」
アキリアの言葉にリメラリエの目が泳ぐ。
「今日は、何もしませんよ」
「……、寝るだけですよ?」
そう言って何度も確認するリメラリエに、アキリアは頷いた。実はそれよりも、次回の約束の方がアキリアには重要だったのだが、リメラリエにはわからなかった。
しばらくすると体調が落ち着いたようで、アキリアは起き上がる。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、せっかくですから、少し街をみていきましょうか」
街は観光を生業にしているだけあって人だらけだった。どこを見ても人だらけで、はぐれたら迷子だなと思いアキリアの服の裾を掴む。
「それだと心許ないので、腕に掴まってください」
アキリアが自分の腕を差し出してくるので、おずおずと手を添える程度に伸ばすと、リメラリエの腕を自分の腕に引っ掛ける。
「行きましょう」
あたりはお土産屋が多く並んでいた。中でもリメラリエが魅かれたのはガラス瓶に詰められた卵を使った黄色のお菓子。下には茶色の液体が入っている、プルプルとした食感のあれ。
「プリン!」
思わず声に出してお店に引き寄せられるように歩いて行くと、よくみるとお店には"アタメール名物 プクト"と書かれていた。
「プクトっていうんだ……。6つ下さい!」
と言った後で、自分で財布を持っていないことに気がつく。マリーがそっと差し出してくれてよかった。完全に前世の記憶に引き摺られた。
「これは?」
「プクトと言うらしいですけど、たぶん私が知ってるお菓子に似てるかなと思って勢いで買ってしまいました」
せっかくなのでみんなに配る。ザイには断られそうになったが、押しつけておいた。ついでにカイトにも一瞬出てきてもらって渡した。
近くの椅子に座って食べることを希望するとマリーは微妙そうな顔をしたが、アキリアは承諾してくれる。
さっそくうきうきと瓶の蓋を取り、一緒にもらった木のスプーンで一口食べてみる。すると、想像通りのプルンとした食感と甘み、そしてするりと溶けて喉を通って行く。
「正しく、プリン!」
幸せだなぁと思いながら食べているとアキリアにじっと見られていた。
「あ、プクトでした」
と無意味な訂正をしてみる。何か言いたそうな顔をしていたアキリアだったが、特に追求はされなかった。そして、アキリアも一口食べると驚いた顔をしていた。
「不思議な食感ですが、美味しいですね」
「ですよね!」
にこにこと嬉しそうに笑うリメラリエにつられるようにアキリアも笑った。
そんな感じでお土産屋を少し巡ってから、リメラリエたちは早めに帰城した。
帰ってきた2人はリメラリエの勧めで早めに寝台に上がった。温まっているうちに寝た方がいいと言われ、まだ早い時間だと思いながらも従う。
「おやすみなさい、アキリア様」
そう言われていつものように返した。
「おやすみ、リメラリエ」
するといつの間にかアキリアは眠ってしまい、リメラリエは隣で彼の寝顔を見ていた。いつも先に眠るのはリメラリエの方で、アキリアの寝顔を見ることは少ない。すやすやと穏やかに眠るアキリアにホッとする。
「……、お疲れよね。いつもありがとうございます」
そう言ってリメラリエは、眠るアキリアの額にキスを落とす。普段なら絶対にできない行為に、自分でやっておいて赤くなる。
「う、ね、寝よう!」
布団に潜り込むといつの間にかリメラリエも眠ってしまっていた。
朝起きるといつもより頭がすっきりしていることに気づく。多分睡眠時間もいつもの倍は取れている。そんなことを思いながら体を起こすと、隣ではまだ蜂蜜色の髪の愛しい人がすやすやと寝息を立てているのに気づく。あまりに疲れた様子のアキリアのことを心配して強制的に休暇を作ったリメラリエ。アキリアに対してそんなことができるのは、彼女ぐらいだ。
「ありがとうございます」
心配してもらえることに嬉しさを感じずにはいられない。
「……、でも、次回は私が予約しましたからね」
それはそれで楽しみだと少し意地悪な顔でリメラリエの髪を撫でた。
「それだけで、仕事が捗りそうです」
アキリアの企みなど露知らず、リメラリエは穏やかに眠り続けた。
次にアタメールに行った時リメラリエは、大絶叫してしばらくアキリアと口を聞かなかったとか。




