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エピローグ

 半分だけの月が見下ろす夜。

 リメラリエがぼんやりとバルコニーから城下を眺めていた。明日はいよいよアキリアとの結婚式だった。しばらく前からリメラリエは城に部屋を与えられて暮らしている。ちなみに結婚式当初の予定より2ヶ月ほどはやくなっているのは、アキリアの弛まぬ努力の結果だ。


 まさか自分が王太子妃になるなんて。

 前世の記憶からは考えられないことだ。ごく平凡に仕事をして、生活していた。大公令嬢でも十分に贅沢な暮らしをしていたが、王太子妃は次元が違う。

「大丈夫かな……」

 う、これがマリッジブルーと言うやつかなどと思いながら、ついため息をついてしまう。アキリアの隣を望んだのは自分だ。それでも少し不安に感じてしまうのは許してほしい。


 トスッと軽い足音がして、リメラリエは振り返る。なんとなく誰かはわかっていた。現れた相手を見て、目を細める。

「アキリア様、どっからきたんですか」

「ちょっと上の方から」

 笑ったアキリアにリメラリエも笑う。

「危ないですよ」

「逃げられないか心配で」

 アキリアの言葉にむっとして口を尖らせる。

「逃げたりなんかしません」

「じゃあ、少し散歩でもしませんか?」

 そう言って、アキリアはカード型の魔道具を取り出した。

 

 それは、ここ数ヶ月で凄まじいスピードで改良された転移の魔道具だった。以前は樹脂の紙のようなものに、転移のための陣形が書かれているようなかたちで、そこそこの大きさもあった。

 しかし、今アキリアが取り出したものは、カードサイズの小さなものだ。しかもこれは、その場での魔力を必要としない、必要なエネルギーがこの中に入っているらしい。ただし、使い切りタイプ。

 改良を進めているのはサヴァラン家に入ったミリアルトだった。本人の魔力の量は少なかったが、少ない魔力を上手く使う陣形の作成に優れていた。サヴァラン家に行ったミリアルトは、だんだんと生き生きしだしたらしく、王族として暮らしていたころと比べると、自然な笑顔が見られた。何故リメラリエが知っているかと言うと、実はこっそりリメラリエも一緒になって改良について考えていた時期があった。


 アキリアに手を差し伸べられ、リメラリエは自然に手を乗せる。手を取るとそのまま引き寄せられるが、近すぎてリメラリエは赤くなって目を逸らす。結婚式が近づくにつれて、アキリアのスキンシップが強くなった気がするが、リメラリエはまだ慣れない。

「どこに行くんですか?」

「なかなか行けなくなるかもしれないので」

 そう言ってアキリアは、持っていたカード型の魔道具を起動させる。カードに描かれていた小さな円に親指を乗せると、くるくるとその小さい円から緑色の光が円を描き、中央の陣形に光が流れて行き、描かれていた陣形が全て開くとそれは発動した。


 一瞬で景色が変わり、そこにはあの時見た光景が広がっていた。キラキラとした光が飛び交い、大樹は変わらず美しい白い光で満ちていた。


 ほうとその美しさにため息がでる。ふとに気づいて、アキリアと繋いでいた手から魔力を少しだけ流す。その流れを感じたのか、アキリアが申し訳なさな表情を見せる。

「せっかくなら一緒にみたいですし、連れてきてくださってありがとうございます」

 アキリアが光で満ちると瞳の色が変わり、見える景色もそれに合わせて変わる。


 ふわふわと浮き沈みする光や、発光して動く光に、大樹が輝いている。正直なぜこの森だけこのように魔力を帯びているのかはわからない。地下に魔力を持つ何かが埋まっているとも、この大樹自身が変種で魔力を持っているとも言われている。未だにその真実がわからないからこそ、人間はこの光景に惹かれるのかもしれない。


「綺麗ですね」

 リメラリエはうっとりと大樹を眺める。その魅力に惹きつけられて旅に出ると言ったぐらいだ、何度見てもその美しさに惹かれる。

 しばらくすると、アキリアの手に引かれて抱きしめられる。

「自分で連れてきておいてなんですが、全然こちらを見てもらえないと大樹であっても嫉妬しそうです」

「いや、さすがに樹に嫉妬は……」

「じゃあ、少しぐらいこっちも見て下さい」

 ちょっと照れが合って見れなかったのだが、仕方ない。抱きしめられたまま、顔を見るために見上げると、アキリアが嬉しそうに笑っていた。

(心臓に悪い!)

「全然嫉妬してますって顔じゃないですけど」

 文句を言うと、そうですか?とアキリアが首を傾げる。

「幸せそうな顔してます」

「そうですね、幸せです」

 あっさり認めた言葉に、リメラリエが笑うとアキリアも楽しそうに笑った。

「あの時、森でリメラリエに言われた言葉がとても自分の中に印象的に残ったんです」

 何かそんなすごいことを言った覚えがなく、何を言ったか思いつかない。むしろ『リメラリエ』呼びされたことの方が突き刺さる。

 まだ慣れない……。

 そんな様子を見てとったのか、続きを話し始める。


『誰かの代わりなんていないと思います。私は私ですし、アキリア様はアキリア様です』

『確かに役割的なものに、代わりはいくらでもあるかもしれませんが、でもその場合は、そこに命をかける必要なんてありません』


「私は私だと、代わりがいるならそこに命をかける必要がないと言われた時、初めて逃げている自分を許せる気がしたんです。リメラリエにとっては、当たり前のことだったのかもしれないですが、私にとっては、救われたような気分になったんです」

 リメラリエにとっては前世の記憶から考えるとごく当たり前のことだ。そんなにアキリアの印象に残るとは思わなかった。

「『私といるときだけでいいです』と言われて、この人の側にいられたら、良いだろうなと思いました。まぁ、当時の私は基本的に、女性と関係を持つことを許されなかったので、その考えもすぐに捨てたはずだったんですが」

 少しだけ森の方を見てから、リメラリエに向き直る。

「全然、ダメでした。むしろ旅が終わってからの方が、気になってしまって」

 笑ったアキリアの腕の力が強くなった気がした。リメラリエも返したくて、おずおずとアキリアの背中に手を伸ばす。少しだけぎゅっと抱きしめてみると、アキリアはとても嬉しそうに笑った。


「リメラリエ、愛してます」


 初めて聞いた「愛している」と言う言葉に、リメラリエは心臓が飛び跳ねた気がした。一気に体温が上がり、自分が真っ赤になっているのがわかる。

 愛してると言われたのは前世を含めても初めてだ。なんだか色んな感情が込み上げてきて、目頭が熱くなる。

「すみません、泣かせたいわけじゃなかったんですが」

 アキリアの指がリメラリエの頬を撫でる。

「ご、ごめんなさい、悲しいわけじゃなくて、たぶん、感動して……」

 情けない返事にリメラリエがあわあわすると、アキリアが笑う。

「それならよかったです」

 しばらく2人で青白い月の光と魔力の光で輝く大樹を眺めてから、魔道具を再び使い城に戻った。


「連れて行ってくださり、ありがとうございました」

「いえ、一緒に行けてよかったです」

 アキリアの腕が緩まったのを感じて、リメラリエが離れようとすると、不意に腰を引かれる。反対の手がリメラリエの耳元に触れ、アキリアの顔が近づいてくるのを感じて、瞳を閉じた。

 軽く触れるだけの口付けの後、リメラリエが瞳を開けるとアキリアが少し意地悪な表情で微笑んでいた。

「今、離れて安心しましたね?」

「え、あ、いや、う」

 言い訳が出来ず視線を彷徨わせると、アキリアの笑顔が深くなる。

「まぁ、いいですよ。これより先は、明日の夜に取っておきます」

 そう言って離れたアキリアに、部屋の中へ戻るように促される。

(明日の、夜……。あぁああ、そうよね、そうでした!)

 先程よりずっと真っ赤になったリメラリエにアキリアが可笑そうに笑う。

「リメラリエは、可愛いですね」

「遊ばないでください!」

 明日のことを考えると恥ずかしくて死にそうになる。心の中で絶叫しているリメラリエに、アキリアは追い討ちをかけるように耳打ちをする。

「……、覚悟しておいてくださいね」

 にこりと笑ったアキリアの笑みはいつもの優しい笑みではなく、男性の色気を放つ危険な笑みだった。

 リメラリエがさらに赤くなったところで、アキリアは「おやすみなさい」といつもの優しい笑顔で、去って行った。


(待って待って待って、大丈夫な気がしないんですけども!?)


 どうしたらいい?!いや、どうしようもないけれど!

 そんな激しい感情の波に襲われつつも、現実逃避のためさっさと寝台に上がると、案外すんなり寝られてしまうリメラリエだった。



 変わり者と世間から言われた令嬢と、一時的に騎士として生きていた青年は、お互いに惹かれ合い、側にいることを選び、そして、国を支えて行く側になることを選択した。


 トランドール王国の中でも、彼らの治世はとても穏やかで、かつてないほどの魔道具の発展を見せたと言われている。



終わり。

終わりです。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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