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「殿下、それぐらいでいいです?」
ザイがニヤニヤしながら声をかける。どうやら黒装束の男たちを気絶させ縛り上げるのは終わったらしい。まとめて並んでいるのが見えた。
そしていつのまにかカイトの姿は消えている。イクトはザイの横で無表情で立っていた。恥ずかしくなりリメラリエは慌ててパッとアキリアの手を離した。アキリアの表情が若干陰った気がするがしょうがない。
「イクト、第二班の騎士を呼んできて引き渡してくれ」
「承知しました」
アキリアの言葉にイクトは足音もなく歩いていく。
「邪魔は入りましたが、王墓巡祈だけは終わらせましょう」
そう言ってアキリアはリメラリエに手を差し出す。手を離したばかりだったが、リメラリエはアキリアの手に自分の手のひらを乗せた。
とても嬉しそうに笑うアキリアが印象的で、眩しく感じた。
最後の王墓は、トランドール王国建国の祖である初代国王の墓だった。どの代の国王の墓より立派なその墓碑は、備えられた杯も大きい。
ここでもその杯を聖水で満たすために、アキリアが墓碑の前の階段を歩くと、当然アキリアの足元に突然赤い魔力の光の線が渦巻き始め、大きな円を描き始める。
「なっ!アキリア離れろ!」
「いや、動かない!」
予想外の出来事にザイがアキリアを呼び捨てにしていることにも気づかない。足を動かそうと力を込めているのにアキリアの足は地面に繋がれたように動かない。
リメラリエも慌てて、ネックレスの石をいくつか引きちぎると、アキリアの足元に駆け寄る。作動し始めた陣の上から、青い石を置きそこに一気に魔力を流し込む。
かなり巨大な陣が描かれているのか、完全な発動はまだしていない。ゆっくりと陣が大きくなっていくのが見てとれた。リメラリエは完全な発動を邪魔するため、徐々に大きくなる円をくいとめるために、青い石から青い小さな円を描き出す。雨粒の波紋のように幾つも小さな青い陣を作り、大きな円を描く陣形を阻んでいく。ネックレスから引きちぎった石は、すぐに色を失ってしまい、リメラリエは諦めて、エネルギーの源を体力へ切り変えた。あの石は力の塊のようなもので、石に入っている分のエネルギーを使うことができる。
(邪魔してお願い)
魔力の陣形は大きさに比例して出来ることが増える。どんな内容の陣形になっているかわからないが、どんどん大きくなろうとするこれが碌なものな訳がない。
リメラリエが魔力を込めるたび、青い波紋の陣がいくつもいくつも広がっていく。
彼女のおかげか、一瞬足が動かせる状態になったアキリアは素早く動く。足元で円陣に触れて魔力を行使しているリメラリエのことも抱き抱えて陣の外へ跳ぶ。
すると円陣を広げられなくなった赤く光る円から火花のようにバチバチと魔力が雷のように発生し、最後に大きくバチンと何かが割れるような爆発音がして、消えた。
しばし呆然としたのち、ザイが口を開いた。
「シノビたちは前座か?こっちが本命?」
「かもな……」
アキリアは腕に抱えているリメラリエを見る。
「助かりました。無理をさせて申し訳ない」
「いえ、アキリア様が無事ならよかったです」
かなりの魔力を一気に使った自覚があった、リメラリエはそのまま気絶してしまって、後がどうなったかはわからない。
アキリアは腕の中で気を失ったリメラリエをぎゅっと抱きしめ、そのまま立ち上がる。
「また、無理をさせた。ザイ、杯は壊れてないか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「適当に聖水を満たしておいてくれ」
「わかった。どうする?」
「メディス卿に助力を請おう。この発動しきれなかった陣から何か辿れるかもしれない」
「了解」
歩いていくアキリアのことは止めず、ザイはやらなければならないことをやる。一緒に行けないため、ザイはどことも言えない空間に話しかける。
「カイト、念のため殿下を頼むぞ」
「承知〜」
軽い声が聞こえて反応は消えた。
アキリアがリメラリエを抱えて王墓への出入り口で、騎士たちとすれ違う。意識のない様子のリメラリエをみたイクトが一瞬目を見開いたが、与えられた任務以外については、基本手を出さないため、そのまま頭を下げてすれ違う。
もう少し進むと、リメラリエの侍女マリーが控えており、抱き抱えられた様子を見て駆け寄ってきた。
「お嬢様?!」
「すまない。怪我はないが、また多くの魔力を使わせてしまって、今は気を失っている」
アキリアの言葉に少しだけホッとした様子を見せる。
「屋敷まで送りたいのだが、良いだろうか?」
侍女は聞かれても困るだけだろうが、アキリアの言葉に「かしこまりました」と答えてくれる。
ファクトラン家の馬車が待機していたため、その馬車を使わせてもらう。早く屋敷まで連れて行きたかった。
馬車の中でもアキリアはリメラリエを横抱きにしたまま座っていた。目の前にはリメラリエの侍女が座っている。流石に2人きりにはできないと判断したのかもしれない。
今日会ったときから似合っていると思っていたドレスは少し汚れてしまっていた。必死に選んだものを着て貰えるというのは嬉しいことだと初めて知った。また彼女に似合うものを選んで贈りたいと思う。
「リメラリエ嬢は、魔力が使われることを予想していたのか?」
ふと疑問に思ったことを口に出すと、侍女が顔を上げた。
「予想されていました。ですので、昨日サヴァラン卿のところへ寄っていらっしゃいました。リヴァランの使節団との交流がゼロではないはずだから、念のためと」
リメラリエを取り戻したことで、すっかりリヴァランのことは解決済みの案件として頭の中で処理されてしまっていた。確かに使節団の対応をミリアルトが行っていたのだから、王妃が彼らと接触して何かしらを手に入れることは考えられる。が、アキリアはそこまで頭が回らなかった。
「そうか。リメラリエ嬢の方がよっぽど賢いな」
リメラリエの蜂蜜色の髪を無意識のうちに撫でると、侍女からじとっとした目で見られて、慌てて手を引っ込める。
「お嬢様とアキリア殿下はまだご婚約中でございますよね」
にこりと微笑まれ「あぁ」と頷くことしかできなかった。完全に釘を刺された気がする。
それからリメラリエはしばらく眠り続けた。
5日ほど経った時、ようやくリメラリエは目を開いた。
***
王座の間にアキリアは立っていた。
少し空けて隣には、王妃とミリアルトがいる。
そして、王座には国王が座っている。白髪混じりの茶色の髪に、青色の瞳の持ち主の表情は非常に冷めていた。
「王墓に暗殺者が入り、魔力の陣が起動しかけたと聞いた」
淡々と話す国王にアキリアも黙って聞いている。王妃も澄ました顔をしており、ミリアルトだけが不安そうに見えた。
「アキリアは、王妃の手引きだと主張しているが?」
その言葉に王妃が「まぁ」と大袈裟に声を上げる。
「何故私がそのようなことをしなければなりませんの?」
「理由などどうでもいい」
国王は酷く冷たい声音でそう言った。王妃が少しだけびくりと震えた気がした。
「神聖な王墓に暗殺者を入れるなど言語道断だ」
「アキリア殿下が入れたのでは?」
王妃の白々しい反応にも国王は興味がなさそうだった。
「王妃よ。これまで目を瞑っていたのがわからぬか?」
すでに結論は出ている。アキリアはそう思った。これは決して尋問でも、理由を問いただす場でも、何でもない。国王の出した結論が出て終わりだ。
アキリアとしては出せる証拠は出した。そして、国王も別に完璧な証拠など求めていない。
ただ、出来の悪い方を切り落とすだけ。
王妃は青ざめた顔をしたがもう遅い。
「其方の身分は剥奪する」
その言葉に王妃が崩れ落ちた。国王はそれすら興味がなさそうだった。
「ミリアルト、其方はどうする。母と共に落ちるか、自分の道を選ぶか」
意見を聞かれたミリアルトは、少しだけアキリアを見た。
「叶う、のであれば、自分の道を、選びたいです」
相変わらずおどおどとした喋りだったが、珍しく自分の言葉を喋ったことに、国王も反応する。
「ほう?どうしたい」
「臣籍、降下します。私は、玉座はむいて、いません。研究を、したいです」
「研究?何を?」
「少ないですが、魔力があるので、魔力を」
そう望みを言ったミリアルトに国王は是とした。
「よかろう。サヴァラン家に私から頼んでやろう。今日はこれで終わりだ」
国王は自分の言いたいことだけ言うとあっさりと玉座を空けて出ていってしまう。
王妃はここぞとばかりにアキリアを睨みつけて声を上げる。
「何故私がこんな目に合わなければいけない?!何故今更戻ってきたやつに奪われなければいけない?!」
答えてやる必要もなかったが、アキリアは最後だとばかりに答えてやることにした。
「まだわかりませんか?ただ国王の意にそうかどうかですよ。あなたは、やりすぎた」
アキリアも踵を返したが、意外にもミリアルトが声をかけてきた。
「アキリア殿下、……ファクトラン大公、令嬢に、お礼をお伝え、下さい。あなたのお陰で、自分があることを、思い出しましたと」
ミリアルトはそれだけ言うと頭を下げて、崩れ落ちている王妃に寄り添った。
言われた方のアキリアは逆になんでもない顔で、頭の中が大混乱だった。
(リメラリエ嬢は一体いつのまにかミリアルトと接触したんだ……?!誰もそんな報告してこなかったよな?!)
結局この時の国王の言葉は瞬く間に貴族間に話が行き渡った。
王妃は、身分を剥奪されたため、自分の実家の領地へと下がったと言う。また、ミリアルトは彼の希望通りに、サヴァラン家へ養子に入った。
それからアキリアにも落ち着いた日々がやってきと思ったら、ミリアルトがいなくなった分の仕事が大量に流れ込んできてまたしても、書類に埋もれる日々となった。
もうすぐ終わりそうな予感




