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王墓巡祈は、新しい王墓から順に回って行く決まりになっている。つまり先代の国王の墓が最初の場所である。
王墓自体は王城の敷地内にある。城内の地下に作られており、狭い通路を挟んで両側に幾つも道がある。全ての道が王墓へ繋がっているわけではないため、知っていないとちゃんと順番通りに進むことは難しい。
王墓への入口で顔を合わせたリメラリエとアキリアは明らかにぎくしゃくしていた。お互い目を合わせず、微妙な距離を取っていた。
(やっぱり嫌われてしまったかしら……)
悲しい気持ちが無意識に増えて行くが、なるべくその気持ちに押し流されてしまわないように、気持ちを奮い立たせる。
いつも側にいてくれるマリーは今日はいない。王墓へ入れるのは限られており、リメラリエも特別に許可を貰っている。
昨日のことより、今日をちゃんと乗り切ることが大事だわ!と心の中で言い聞かせる。
今日は、護衛にイクトが来ていた。リヴァランの件以来、イクトに会うのは久しぶりだった。リメラリエは感情を抑えるために、アキリアを出来るだけ視界に入れないように努めた。
「イクト様、ご無沙汰しております。よろしくお願いします」
「はい」
イクトは以前と変わらず相変わらずの無表情だったし、相変わらず足音が聞こえない。てっきり見えないところでリメラリエの護衛をしているのはイクトだと思っていたのだが、ザイから話を聞いたマリーの話によると、どうやら違うらしい。
アキリアの護衛はいつも通りザイだけらしい。自分でも身を守れるため最低限にしているとこのとだ。
今日のリメラリエはアキリアの贈り物の1つのドレスを選んだ。淡い水色のドレスで、肌の露出は控えめで、飾りも少なめのシンプルなドレスだ。しかし、さまざまな種類の水色の布が重ねられていて、ふわふわと揺れる。髪は珍しく全部結い上げてもらい、いつもと印象が違う。首元はさまざまな濃い青色の石がたくさんついたネックレスが光る。
こっそりアキリアを盗み見るとなんだか憂いを帯びた表情で、妙な色気があった。リメラリエはため息をつきたくなったが、なんとか我慢する。
(うう、なんでこんな謎に色気!)
理不尽に思いながら、何とか耐える。
すると、ふとアキリアがリメラリエを振り返った。
「行きましょうか」
ごく自然にアキリアはエスコートするように左手をリメラリエに伸ばしかけたが、中途半端に止まり、そのまま手を握り、不自然に笑う。
「すみません、行きましょう」
アキリアは前に向き直った。その様子にリメラリエは泣きたくなった。自分のせいとは言え、アキリアに触れて貰えないなんて悲しすぎる。
(挫けそう……)
少し前を歩くアキリアとの距離が、今の2人を表しているようで悲しくなった。
王墓巡祈自体は順調に進んで行く。先代から進み、墓碑に据え付けられている杯に聖水を注いでいく。順番に決まり文句の祈りの言葉を捧げて行く。
残りは初代国王の王墓だけになった。
あまりにも予定通り進めてしまい拍子抜けする。結局何も起こらないのだろうか?などと、思っていると、先頭を歩くアキリアが立ち止まり、ザイが剣を構えた。慌ててリメラリエも立ち止まると、すぐに隣にいたイクトも素早く剣を構える。
「多いな」
ザイがのんびり言うと、アキリアも頷く。
「これだけの人数を王墓に入れただけでも罪は重い」
じっと目を凝らしていると奥から何人もの黒い影が見えた。とは言え、各王墓へ至る道は細い一本道だ。リメラリエたちの後ろには王墓しかない。逃げ道はなく、前の相手を倒すしかない。
「リメラリエ様は下がってください」
イクトの指示に従い、リメラリエはイクトの後ろに下がる。前に見えるのは何人もの真っ黒な服に身を包んだ人物たちたちだ。頭も顔も黒い布で覆われて、目元しか素顔を見ることができない。彼らの手には短いナイフがある。
「忍っぽい……」
そんな呟くような感想を聞いたイクトが振り返る。いつもの無表情で言いたいことだけ言って行く。
「よくご存知ですね」
「え?」
「彼らは東方の国のシノビと呼ばれる暗殺集団です」
(まじか)
知ってるわけないから!忍者っぽいなと思ったけどよく似た発音の暗殺集団って!
「とても危険です」
その静かな声が妙に響いて聞こえた。
黒い服の10人はいると見られる集団は、音もなく距離を縮めてくる。
気づくとアキリアも剣を抜いていた。王太子になってからは剣帯をしている姿はあまり見かけなかったが、今日はさすがに必要だと感じたのだろう。
黒い服の集団の先頭にいた人物が、パッと高く跳び上がり、ザイに向かって動いた。同時に後ろに続いていた黒服の男たちもアキリアめがけて飛んでいき、アキリアは剣で応戦する。
急に始まる固い金属音に、リメラリエは身を固くする。イクトはリメラリエの護衛に集中するように言われているのか、アキリアとザイの先頭には混ざらない。
ザイは1人目の黒服の男を剣で薙ぎ払うと、意図的になのか男が壁にぶつかり倒れる。狭い通路のためか、アキリアも同じように、敵を壁にぶつけるような戦い方をしていた。複数人を相手にしていたアキリアだったが、すぐに間にザイが割り込む。
(大丈夫そう)
ホッとしたのも束の間、すぐ後ろで風を感じて振り返ると目の前に黒装束の男が二人立っていた。イクトがすぐに振り向いたが、間に合わない。
リメラリエの腕を1人が捕まえたとき、更に上から何かが降ってきて、その黒装束の男を真上から押し潰し、リメラリエから男の手が離れる。目の前で何かが折れる音がしたが、何が起きたかよくわからない。
「イクト、ちゃんと仕事しなよ〜」
黒服の男を踏みつけたのは、人だった。上から降りて来た高いような低いようななんとも判断つかないのんびりとした声を出す。中性的な顔立ちはイクトによく似ている気がした。薄灰色の髪に黒い瞳の人物は、騎士というよりも黒服の男たちのように、忍者っぽいとリメラリエは感じた。
横で起きたことに、もう1人の黒装束の男が一瞬怯んだようだったが、そのままナイフを取り出してリメラリエに向かってくる。
が、すぐに灰色の髪の人物が振り返りもせず、何かを男に投げつけると、そのまま男がガクリと崩れ、床に倒れた。
「あ、はじめまして、カイトです」
ヘラッと笑って自己紹介する灰色の君はまだ黒服の男に乗ったままだ。
「はじめまして……」
となんとか口を開くと、イクトがリメラリエの肩を押さえてしゃがませた。頭上を何かが飛んでいき、王墓に当たって落ちた。細長い針のようなものがそこにあった。
「毒針かも」
カイトが平然とした顔でそう言った。
「もうこっちはいないから、あっちがやばそう」
指差したのはアキリアたちの方で、まだ3人ほど黒装束の人物たちと戦っている。
壁に当てて倒れさせるという同じ戦い方を選んでいるせいか、相手に行動を読まれ、残りの3人はなかなか倒れない。ややザイとアキリアが押されているように見える。
カイトが狙いを定めて3人のうちの1人に何かを投げつけた。するとその1人は素早く反応して立ち位置を移動させ避けると、目を見開きカイトたちを睨みつけた。
「落ちこぼれがっ!!!」
罵声を浴びせその男はアキリアとザイを無視し、凄まじい速さでリメラリエへ向かってきた。イクトとカイトがすぐにリメラリエの前で、それぞれの武器を構える。尋常じゃない表情の相手に、思わず首元のネックレスの石を握る。
男は簡単にアキリアたちの横を通り過ぎて、イクトとカイトを拳で殴りかかる。あまりに素早すぎてリメラリエにはほとんど見えないが、イクトはまともにその攻撃を受けとめ、吹っ飛ぶ。イクトには避けようと言う意志が感じられず、リメラリエに被害が及ばないようにしたかったのだろう。攻撃をなんとか避けたカイトがリメラリエの前に戻るが、間に合わない。
男の手がリメラリエの目の前に迫った時、アキリアが男のすぐ後ろまで来て剣を振り上げているのが見えたが、リメラリエは構わず、ネックレスの石を強く握り込んだ。
突然青白い光がリメラリエの首元で壁のように立ち上がり、男の手はリメラリエに届かず光る何かに阻まれ、後ろ迫ったアキリアの剣が男を斬った。致命傷ではないため、素早くカイトが男を縛り上げた。いつのまにかイクトは既に立ち上がり、ザイのところへ参戦している。
アキリアは終わったとばかりに剣を捨ててしまうと、リメラリエの側に来る。アキリアが来るとリメラリエの前に立ち上がった光の壁がパリンと音を立てて壊れて消えた。
「怪我はないですか。すみません、さっさと片付ければよかった」
後悔したような顔をするアキリアに、リメラリエは首を横に振る。
「今回は捕まえるのが目的なのでしょう?」
「そうですが」
「私は大丈夫ですから。ちょっとぐらい自分の身を守れないとと思って、メディス卿に手伝ってもらって作った石も役に立ちましたし」
リメラリエの首元のネックレスの石が一つ色を失っていた。
「短い間しか使えないので、まだ改良しなきゃいけないですね」
笑ってそう言うリメラリエに、アキリアは少しムッとした様子に見えた。
「次にメディス卿のところへ行くときは必ず私を呼んでください」
「特に面白くないですよ?」
「私は、あなたが他の男と2人きりでいるところの方が面白くない」
そうはっきり言ったアキリアに、リメラリエは少し瞬きをしたあと、あっという間に真っ赤になる。
「私、まだアキリア様の隣にいて大丈夫ですか?昨日の件で、嫌われてしまったかと」
恐る恐る聞くリメラリエに、アキリアが驚愕の顔をする。
「私が嫌われるならまだしも、嫌うわけないじゃないですか!貴方を泣かせるようなことをして、本当に申し訳ないです」
アキリアは少し視線を落として自分の手を見る。
「今日も、本当はエスコートしたかったのですが、貴方に触れることを拒否されたら、立ち直れそうになく」
困ったように笑ったアキリアの手にリメラリエは自分から触れた。
「アキリア様が嫌なわけじゃないんです。あの向きで見下ろされると恐怖心が蘇って来て」
「はい。わかってたはずなのに、私は」
しょんぼりとした子犬のようなアキリアにリメラリエは、ぎゅっと手を握った。
「嫌われていなくて安心しました」
リメラリエが微笑むとアキリアもつられたように笑った。
ちょっと中途半端…




