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散々マリーに説教されながら、なんとかアキリアの執務室の前まで辿り着く。
「そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「どう考えてもダメな案件です」
未だに言い争っていると、ノックする前に扉が勝手に開く。
「何やってるんです?」
そう言って扉を開いてくれたのはザイだった。面白そうに笑うので、言い争いが聞こえていたのかもしれない。恥ずかしい穴があったら入りたい。
「ちょっとご相談があってきたんですが、お時間ありますか?」
そう言うとザイは扉を大きく開けてくれ、リメラリエたちを中に入れてくれる。すぐに執務用の大きな机が部屋の奥に見える。そこに座っているアキリアは、書類に集中しているようだった。
お邪魔だったかもと言う思いと、さっきの言い争いはアキリアには聴こえていなかったに違いないと確信、心の中で知らない誰かにお礼を言う。
ザイも主人が仕事に集中しているのを邪魔する気はないようで、手前のソファに座るように勧めてくれる。リメラリエも邪魔はしたくなかったので、勧められたようにソファに座る。ザイがお茶を入れようとしている所を見て、マリーが代わりを引き受ける。ここには侍女がいないらしい。
マリーは、そこにあった茶器を使ってリメラリエとザイのためにお茶を淹れてくれた。ザイは申し訳なさそうにした後、ソファには座らず立ったままお茶をもらったようだった。
マリーの淹れるお茶は美味しい。リメラリエは若干家で休憩しているかのような気分に浸り、まったりした時間を過ごした。
アキリアがふと顔を上げると、目の前に楽しそうにソファに座りお茶を飲むリメラリエと側に佇む彼女の侍女と、ついでに立ったままお茶を飲むザイの姿が目に入る。
「ザイ、疲れて幻が見えるみたいだ」
そう言うとザイは、視線をようやく主人に向けると、ティーカップをテーブルに置いて、ザイが近づいてくる。
「疲れてるみたいだな、幻に見えるとは」
逆のことを言われて頭が混乱した後、とてつもない勢いで席から立ち上がる。
「なんで言わないんだ!」
「せっかく集中してたんだから、止めたら可哀想だと思って」
「いや、どう考えても伝えられないことの方が可哀想だろ」
がくりと項垂れるが、気を取り直してリメラリエの方へ向かう。アキリアに気がつき、リメラリエが手を振る。
リメラリエに向かい合う形で座ると、タイミングよくマリーがお茶を出す。
「ありがとう」
一口飲むとホッとする。
「久しぶりにここで美味しいお茶を飲んだ気がする」
「俺の淹れるお茶だって美味しいだろ?」
「苦かったり、薄かったりな」
先程ザイがお茶を入れてくれようとしたように、もしかすると、いつもザイがお茶入れているのかもしれない。
「侍女は部屋に入れないんですか?」
不思議に思って尋ねたリメラリエにザイが答える。
「なんかあったら困るからアキリア殿下は入れたくないんです。未婚の王太子なんて、いい餌食です。あわよくばと言う女性が多くて」
この問題は結構めんどくさいことが多かった。執務室だけでなく、私室も女性が入れるようにすると、余計な問題が起きやすい。婚約者がいたとしても、関係ないと言い寄ってくる女性がそれなりに出る。やはり未婚の王太子と言うのは外から見ると魅力的に思えるのかもしれない。アキリアにしてみればいい迷惑のため、いっそ配置しない方がいいと判断した。
リメラリエの笑顔が消え、下を向いて黙り込んだことが気になり名前を呼ぶ。
「リメラリエ嬢?どうしました?」
呼ばれたリメラリエは寂しげな顔でアキリアを見て少しだけ笑う。
「他の女性が良くなったら、早めに言ってくださいね」
言われたアキリアの方がひどくショックを受ける。こんなに伝えてるつもりなのに、なんでそんな言葉を言われるのか。どうしたら伝わるのかわからない。意識を変えてリメラリエを見つめる。
「リメラリエ嬢、私はあなたがいいと伝えましたよね」
「そうですけど、でも」
「それ以上言うようなら、強引にでもわかってもらえるような手段に出たいんですが」
笑顔でそう言うと、リメラリエがハッとしたように首を横に振る。
「イイデス」
固まって両手を振ったリメラリエに、アキリアは「残念です」と言ってお茶を飲む。
「それより、どうしたんですか?ここまでいらっしゃるなんて」
アキリアの言葉に、マリーがそっと手紙を差し出す。受け取ったリメラリエがそれをアキリアに手渡した。それを見たアキリアは封筒を見て訝しみ、中の手紙を読んで再び眉を寄せる。
「いつ届いたんですか?」
「今日です」
アキリアは少し悩んでからザイにも手紙を見せる。
「これは私が出したものではありません」
アキリアの言葉にリメラリエはやっぱりそうかと言う顔をした。変に思ったからわざわざ来て教えてくれたのだろうも納得する。
「この誘いには乗らなくていいです。リメラリエ嬢は、自宅の屋敷にいてください」
「私も行きたいです」
リメラリエの言葉に、マリーが慌てるが、アキリアとの会話を邪魔することもできず珍しくオロオロしている。
「危ないのでダメです」
アキリアの言葉に、リメラリエが眉を寄せる。横にたっていた侍女は明らかにホッとした表情をしている。むっとした表情をするリメラリエも可愛いなどと思っていると、いつもより低いリメラリエの声がする。
「危ないのにアキリア様はいくんですよね」
「私は公務です」
「アキリア様はもっと自分を大切にすべきです」
「リメラリエ嬢に言われたくないです」
「何かあったらどうするんですか」
「ザイもいるので大丈夫です」
「アキリア様の方が囮だったらどうするんですか」
それは意外な言葉だった。自分の方が囮の可能性はあるのか?王妃が排除したいのはあくまでアキリアである。自分が狙われるのは当然のことだと思う。
ただ、それと同時に自分の唯一の弱点は、リメラリエの存在だと思っている。彼女を盾に取られると、アキリアの方が分が悪い。回りくどいが、アキリアを直接狙うより、リメラリエを狙った方がいいのは間違いない。アキリアは自身で身を守れるが、リメラリエはできない。リメラリエを盾にすれば、アキリアはなんとでもなると思えば、リメラリエを狙う可能性はある。アキリアを狙うと見せかけて、リメラリエを狙いに行く可能性もなくはない。護衛はつけているが、目立たないように1人ついているだけで、自分がすぐに動かない状態では心許ない。
ちらりとザイを見ると、手を上げて首を横に振られた。リメラリエに何かあっては困る。自分が側にいる方が安心だ。ただ、暗殺の計画を立てていると言う事実をどう取るべきかわからない。どれぐらいの人数が来るのかはわからない。その状況で、ちゃんとリメラリエを守れるのか、ザイだけではなく、もう少し増やさなければ……。
少し考えてしまうと、もう負けは確定だ。
「アキリア様、一緒に行ってもいいですよね」
笑顔のリメラリエに押し負けた瞬間だった。
もっと違うところで押し負けたい。
「ザイ、護衛を増やしてくれ」
「了解です。イクトに頼んでおきます」
あまり増やしすぎるのも良くないと考えているため、1人に1人ずつの最低限だ。とはいえ、リメラリエには見えない護衛もつけているため、2人ついている。アキリア自身も戦えるため、よほどのことがない限り、問題ないだろう。
リメラリエの侍女は明らかにどうしてこうなったと言う顔をしていたので非常に申し訳ない気分になった。
進まない…




