24
床に倒れたイルネアに対して誰かが首元に剣を向けている。サラサラと揺れる銀色の髪に、白地に金の刺繍の施された正装をしたその後ろ姿は、リメラリエの知っている人だった。
「アキリア様……?」
「今殺しますから安心してください」
不穏なことを言っているアキリアは今までリメラリエが見たことないような恐ろしい表情をしていた。騎士らしい表情なのかもしれないが、その目はイルネアを決して逃さない。先程の言葉は割と本気に見えた。リメラリエは慌てて寝台から飛び起きる。
「ま、待ってください」
「あなたに無体を働こうとしたんですよ。生きている価値はないです」
アキリアはイルネアが少しでも動こうものなら首を掻き切る勢いだ。リメラリエと話しながらも視線は外さない。
「でも、この方リヴァランの王弟殿下です。殺してしまったら戦争にだってなるかもしれません!」
「それも良いかもしれないですね。あなたを拉致したことは許されません」
「アキリア様?!」
全然話を聞いてくれないアキリアに寝台から降りて駆け寄る。たしかにアキリアなのだが、騎士服ではないのが違和感を感じる。でも、この姿どこかでみたことあるような気がしたが、今はそれどころではない。
リメラリエはなんとかアキリアの元まで行き、彼が剣を持つ腕に触れる。
「やめてください!王族を殺してしまったらなんの言い訳もできなくなります!」
必死に止めようとするが、アキリアの反応は薄い。
床に倒れたままのイルネアは盛大にため息をついた。まるで殺されるとは感じていないような切迫感のないため息だった。
「まぁ、来るかなとは思ったんだけど、やっぱり来たか」
イルネアにとっては一応想定内だったようだ。
「で?これはどう言う設定なんだ?」
とても首元に剣を置かれている態度じゃないが、アキリアはその質問に答える。
「トランドールの王太子の婚約者をリヴァランの王弟が拉致した」
リメラリエは目を瞬かせる。ついていけないリメラリエの代わりにイルネアが目を細めた。
「全然婚約者じゃなかっただろ。こっちの調査じゃ未婚だし、婚約者もなし。しかも、あんたも騎士だったろ」
「少しばかり地位が欲しくなって」
まるでなんでもないことのように軽く答えたアキリアに、イルネアは頭を振った。あと少しで剣が触れそうだ。
「はぁ、すぐに見つかって当たりだと思ったが、ハズレだな」
イルネアはもう一度大きなため息をついた。
「降参。さっきの騎士のせいで一番強力な魔道具使ったからあんたには勝てる気がしない」
イルネアの視線の先にはイクトがいる。あっさりとした宣言にアキリアは信用しないのか動けない。
「リメラリエ嬢、イクトの様子を見てもらえませんか」
その言葉にリメラリエは頷く。そっとアキリアの腕から手を離し、イクトの元へ駆け寄る。先程まで震えていたのが嘘のように体が動く。
「イクト様!」
駆け寄って声をかけるリメラリエに、イクトは反応しない。慌てて手首を掴むが脈はある。生きていることにホッとする。
リメラリエは迷わなかった。魔力はまだまだあるが、エネルギーになるものが自分自身ぐらいしかない。
イクトの身体に手で触れる。怪我や体力の回復を思い描きながら、魔力を放出していく。ゆっくりとイクトの周りを巡るように魔力が包み、少しずつイクトの怪我が癒やされて行く。血が出ていたところは、その怪我がなかったように皮膚が徐々にもとに戻る。
すると少ししてイクトの瞼がぴくりと動く。
「イクト様」
もう一度呼びかけると、俊敏にイクトが攻撃の姿勢を取る。気絶する前の記憶があったからだろうか.すぐにリメラリエの姿を見ると無表情ながらもホッとしたような顔をしたような気がした。
「イクト、手伝ってくれ」
アキリアはまだイルネアに剣を向けたままだった。呼ばれたイクトはリメラリエをさっと横抱きにすると、アキリアの側に移動する。それを見たアキリアは、非常に微妙そうな顔をした。
「イクト、出来れば……リメラリエ嬢に触れるのは……」
「心が狭いな」
イルネアの赤い髪にナイフが自然落下し、いくらか髪がはらりと切れた。イルネアの頬が引き攣る。
「そう言うとこだぞ……」
アキリアはその言葉を無視するとイクトに指示を出す。
「気絶させてくれ」
「承知しました」
短い会話の後、イクトは床に倒れたままのイルネアの顔の側に座る。そして、手刀でとんっと首元を叩くと、イルネアの顔はカクンと横に倒れた。
「え、え??」
リメラリエは思わずイルネアとイクトを見比べた。
(一体どう言う技?!)
謎は深まるばかりだ。リメラリエは状況についていけないまま置いてけぼりだ。
「急いでここから脱出します」
「どうやって?」
普通に方法がわからず疑問を返すと、アキリアが何かを取り出した。紙のような布のような不思議なものが目の前に出てくる。そこには、何やら色々書かれているが今のリメラリエの知識では理解できない。ただ何となくそこには円と文字があることから、なんらかの魔術の陣形ではないかと思う。
「申し訳ないのですが、これに魔力を注いで貰えますか?これ自身がエネルギーを兼ね備えているそうで、魔力があれば発動するとのことです」
アキリアの説明に、リメラリエはそれを受け取った。触り心地は紙ではない。しかし、布かと言われるとそうでもなく、なんとなく前世で言うところの樹脂剤を薄く固めたもののような気がした。
「どうなるんですか?」
「トランドールとリヴァランの国境近くにあるトランドール側の街の宿に転移できるそうです。今のトランドールの魔道具ではこの人数ではその距離が限界らしいです」
その説明にリメラリエはとても驚いた。トランドールにもそんな魔道具を作ることができる人がいたのかと。
「メディス卿ですよ」
「え、そうなんです?」
「はい。急ぎましょう」
もう少し詳しく話を聞きたかったが、ここから出ることが先決だ。リメラリエは頷いて、その魔道具に自分の魔力を全力で込めていく。すると、くるくると描かれていた円が青く光始める。まるでロード中みたいだなと思いながら見ていると、リメラリエの込めた魔力量に合わせるように次々と文字も光り始める。描かれていた全てが光を放ち始めた瞬間、目の前が眩しく輝き、リメラリエは目を閉じた。




