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「ファクトラン嬢」

 何度目かの呼びかけでリメラリエはようやく気がついた。重たい瞼を開けると、そこには相変わらず無表情なイクトの顔があった。

「イクト様……」

 リメラリエは気を失っていたらしく、横になっている体勢で、イクトが支えてくれていた。ゆっくりと上半身を上げると、あたりは薄暗く周りを確認しづらい。ただ、石造りの壁の廊下のようなところにいることはわかった。足元は真っ赤な絨毯が敷かれており、見える範囲にずっと続いている。

「ここは……」

 リメラリエの言葉にイクトは首を横に振る。

「わかりません。魔力の発動による転移だとは思いますが」

 そうだ。リメラリエがうっかり赤い花に惹かれて手を伸ばしたりするから、書かれていた陣に気づかず踏んでしまったのだ。イルネアが立ち去ったことに安心して気を抜いたリメラリエが悪かった。

「おそらくリヴァランの城内だろうと思いますが、人の気配がかなり少ないです。もしかしたら、私が無理矢理一緒に来たせいで、想定していた場所についていない可能性があります」

「なるほど」

 その可能性はあった。陣形の大きさからすると、発動対象は1人だ。丁度リメラリエを覆うように魔力が螺旋状に巻き上がったが、そこにイクトが無理矢理入り込んだ。実際2人とも移動したのだから、その分他のところが成立していない可能性がある。


「とりあえず、人を探してみます?」

 そう言ったリメラリエに対してイクトは少し迷っているようだった。ここがどこだか判断できないため、その先の行動を選びづらい。また、ここが正確にどこか判断するにはやはり、人を探すしかない。

「人の気配を感じたら隠れます」

 それを条件としたイクトにリメラリエは頷いた。イクトの方が前に出て、リメラリエが後に続く形だ。


 赤い絨毯の敷かれた廊下はひどく長く感じられた。イクトは城内だと思うと言ったが、それにしては人の姿がほとんど見当たらない。トランドールであればすでに最低1人とはすれ違っていそうだが、誰にも出会わない。

 廊下に窓はなく、一定の距離ごとに灯りのついたランプが壁にかけられており、それの明かりが弱いのか全体が薄暗い。

 歩きながらいくつか扉があったため、開いて見たものの、人の姿はなく、中も埃を被ったような家具が見られた。あまり人が使っていないような様子に首を傾げる。

「リヴァランの城ではないのかしら?」

「聞いていた情報からすると、リヴァラン城なのですが、わかりません」

 トランドールで持っているリヴァランの城の情報の様子とは一致するという事なのだろう。しかし、あまりに人がいなさすぎて、ここが城だとは思えない。

「実は居城を移しているとか?」

「人がゼロなわけではないです。ここから離れたところには人の気配を感じます」

(え、何それわかるの?)

 リメラリエは不思議に思いつつも深く聞きはしなかった。世の中は自分が知らないことで溢れていることを、身をもって知っている。

「今は出来るだけ人のいない方を探索して、情報を集めます。人の多いところへ行くのは後にします」

 こういうのはイクトに任せるべきだと思い、リメラリエは頷く。


 ふたたび歩き始めた2人は、分かれ道に差し掛かる。片側は相変わらず赤い絨毯が続くが、片側は赤い絨毯は敷かれていない。石畳の床が剥き出しになっている。イクトは迷わず石畳の床を進もうとしたが、リメラリエは慌てる。

「待って下さい。私がここを歩くと音がとても響くかもしれないです」

 リメラリエはドレスに合わせた少しヒールの高い靴を履いていた。イクトはどこを歩いても音がしないが、リメラリエはそう言うわけにはいかない。

「こちら側はほとんど人がいないので、大丈夫です」

 そう言ってそのままイクトが進もうとするため、リメラリエは諦めて靴を脱いだ。右手にヒールの靴を持ち、裸足でひんやりとする冷たい石畳の床を歩く。


 歩いて行くうちに、あまり感じたことのない魔力が扉の隙間から流れている部屋を見つけた。赤色に発光する魔力が混ざり合ったようなものが、じんわりと滲み出る様子に、リメラリエは立ち止まった。

 リメラリエは常に魔力の光が見えるわけではない。あの魔樹の森の大樹のような強い魔力や、その時発動された魔力などしか見えない。こんな風に扉から漏れ出るような魔力など、なかでは一体何が起きているのか想像し難い。

 一歩先を行くイクトを止めようと手を伸ばしたが、素早いイクトには触れることなく手は空中をかく。しかし、イクトが扉を開ける前に、その扉は唐突に開かれた。


 その瞬間リメラリエには大量の魔力が流れるのが見えた。煌めく赤い星を含むような白い膨大な魔力が流れ出ていくことに圧倒されたが、すぐにイクトは動き出し、リメラリエを素早く抱えると人のいなかった部屋に入り込み息をひそめる。

 扉で魔力の持ち主を確認はできなかったが、リメラリエとはレベルの違う桁違いな魔力をまとった人物であるのは間違いない。

 恐怖を感じながらイクトともに息を潜めていたが、部屋の扉を開けられることはなかった。扉の向こう側をゆっくりと誰かが歩いていく、重い足音が聞こえた。

 

 足音が過ぎ去り幾許かした後ようやくイクトが口を開いた。

「すみません、人だとは思いますが危険な予感がしたので隠れました」

「正しい判断だと思います。私も危険な気がしました」

 リヴァランで大きい魔力の持ち主など碌なことはない。考えられるのは王族と近い人物としか考えられない。出会わずにおけるならその方がいい。


 しかし、それから数分後、行動を迷っているうちに複数の人の足音が遠くから聞こえてくる。まさかとは思ったが、その足音はリメラリエたちが隠れている部屋に真っ直ぐ向かってきて、扉はすぐに開かれた。

 イクトはすぐにリメラリエを庇うように前に立ち、入ってきた者たちへ剣を向ける。しかし、入ってきた者たちは意外にも複数人の侍女だった。


「トランドール王国のファクトラン公爵令嬢ですね?私はこの城内で侍女長をしております、マキナ=メルページです」

 侍女たちの先頭に立っていた女性の1人がそう言って頭を下げた。侍女長という割に若い女性であることに疑問に思う。そして、てっきり捕らえられるのかと思っていたため、予想外の展開に首を傾げる。ただし、イクトは剣を向けたままだ。しかし、侍女長のマキナも怯まない。

「イルネア殿下より丁重に持て成すよう仰せ使っております。お部屋へご案内致します」

 イルネア殿下と言う言葉に、やっぱりあの赤い猫の仕業かと納得する。あの花もおそらく何か惹きつけられるタイプの植物だったのだろう。リメラリエはまんまと罠にかかったと言うわけだ。

「断ったら?」

「我々は罰せられます」

 その回答は一番狡くて、リメラリエに効果のある返答だった。大きなため息をついてから、リメラリエはイクトの右腕に触れる。

「剣をしまって下さい」

「しかし……」

「いつまでもこのままというわけにも行きません。殺されるわけではないようですし、従いましょう」

 リメラリエの言葉に少しの間の後イクトは従い、剣を元の鞘に納めた。ついでにリメラリエは脱いでいた靴を履き直した。


 マキナの案内に従い歩いて行くと、すぐに人気のなかった理由がわかった。

「今、この城内はこちら側の半分しか使用しておりません。国王の代替わりで大規模な粛清が行われたため、人があまり城内におりません」

「それって、私に伝えていいことなの?」

 そう尋ねるとマキナは少し微笑んで答える。

「ここにいらっしゃればいずれわかることですので」

「……それもそうね」

 リメラリエはようやくすぐに帰れないことに気がついた。行きは魔力により一瞬で来たが、リヴァランの協力者がいない限り、トランドールへ馬車での移動となったら最低2週間はかかる。リメラリエの味方になってくれる人が現れるなど、可能性としてはゼロだ。

「代替わりは半年前に終わっているはずでは?」

 イクトが自分の持っている情報との差に気づく。

「それは前国王陛下の時の代替わりでございます」

 マキナの言葉に流石のリメラリエも衝撃を受ける。この半年で再度代替わりが起き、且つ大規模な粛清を行ったのであれば、城がこの状態でも頷ける。城をたった半分だけ使えば成り立たないほどの人しかいないのだ。

「イルネア殿下がトランドールにいる間に起きたということですか?」

 リメラリエはそこまでの理解が及ばず、心の中で「ええぇえ」と声を上げるが、マキナはその通りですと頷いた。

「じゃあ、今国王の座に着いているのは?」

「イルネア殿下の兄に当たる、タナルト陛下でございます」

 あの赤毛の猫が性格が悪いと言っていた兄が国王陛下ということか。しかもなんなら兄の婚約者でもと言っていた気がするが、絶対お断りだ。

「え、じゃあ実はイルネア殿下は第一王子として、来てたけど……」

「第一王子であらせられるタナルト陛下がトランドールへ伺う予定でしたが、急遽予定が変更になったため、イルネア殿下が参りました」

(誰も第一王子じゃないって気づかなかったよ!!イルネア殿下もちゃんと訂正入れなよ!)

 あまりに情報がないとそれが正しいのかどうかさえわからないということか。イルネアは敢えて否定しなかったに違いない。

「大規模な粛清のせいで……」

(釣り合う魔力を持つ貴族令嬢がいないということか!)

 イルネアは自国で起きることが何かをすでにわかった上で出発したのだ。急遽予定が変わったのではなく、むしろ最初からその予定だったのかもしれない。

(ということは、もしかして、私以外にも候補的な人が違う国から連れ去られてきている可能性もあったり?)

 粛清の影響が強く出てしまい、他国に頼らざるを得ないのだろう。何故そんなことになったのか、気にはなるが、そんなものはまた別の話だ。

 リメラリエはトランドールに帰るのだから。

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